今日の夕方からリオネルとイチョウ祭りだ!
楽しみだ。――だけど、この間、リオネルに名前を呼ばれたことを思い出すと、緊張する。
実はあの時のことを、ふとした瞬間に何度も思い出してしまう。
『――マルリース』
別に名前で呼ばれたっておかしくはないし、子供の時……リオネルの家出前も名前で呼ばれたことがなかった訳じゃない。
でも仲直りしてからは、初めてで。
……。
何故あの時、名前で呼んだんだろう。
リオネルに名前で呼ばれた時、心を鷲掴みされたような気がした。
名前を呼ばれただけなのに。
「あつい」
それを考えると額の石が熱くなる。
「なんなんだろう、これ」
《――――そろそろ限界そうだね》
「えっ」
聞いたことのない声が聞こえて、辺りを見回す。
「……リージョ?」
リージョが自分のカゴの上でうっすらと体を光らせてこっちを見ている。
しかし、次第にリージョの光が消えていく。
「きゅ……にゅ?」
光が消えて、いつものリージョに戻った。
「その、時……? リージョ……?」
問いかけても、リージョは耳を左右に振って、踊るのみだった。
◆
夕方になって、予定通りにリオネルが迎えに来てくれた。
「こんばんは、姉上。迎えに来たよ」
お、おう。 『姉上』だった。
よし、いつも通りだな!
……少し、テンションが下がった気がする。
ホッとしたせいかな。
「やあ、弟よ! 数日ぶり! この間は助かったよ!」
しかし、私もいつも通りにのテンションで彼を迎えた。
リオネルはラフなシャツとズボンに深い紺色の外套を羽織っている。
私もラフなワンピースにオフホワイトの外套だ。
冬寄りの秋だから、夜はちょっと寒い。
私は冬用のブーツを履いていくことにした。
「晩ごはんは屋台でいい?」
「うん。もちろん、祭りの屋台で食べなきゃ」
「そうだね、愚問だった」
「では、姉上、手をどうぞ。……迷子にならないでね」
「な、ならんよ!? さすがにもうすぐ19歳だというのに……!」
そういえば、そうだった。言われて思い出した。
私は祭りでよく迷子になる子だった。
祭りの度に、護衛たちの距離が近くなるわ、弟に手は繋がれるのが当たり前になっていた。
すっかり忘れていた、良く覚えてるな、リオネル……!
リオネルに連行……ではなく、エスコートされて、城下街へと繰り出す。
城下街のストリートの1つに、『イチョウ通り』、そしてそこにあるとても大きな公園、『イチョウ公園』まで続いている。
その名の通り、イチョウがたくさん植えられている。
その通りから公園まで、様々な出店が並び、公園の中では色々催し物がある。
「あ~。しまった」
「どうしたの?」
「私も出店すればよかった! あー、思い出した。回覧板回ってきてた! 出店しますか?って。『O're(オーレ)』のことばっかり考えて思いっきりスルーしてた!」
「それは残念だったね、店長さん。来年は出店できるといいね」
「うん。そうだなあ、イチョウ祭りじゃなくてもいいや。冬に祭りはないけど、春祭りや夏祭りもあるから、今度は忘れないようにしよっと」
「――でも、そのおかげで」
ん?
リオネルの顔が近づいてきた。
「ボクは、姉上とこうやってデートできるわけだ」
な、なぜ耳元でささやくの……?
「……そ、それもそうだね。 てか、近いよ。お姉様はまだそんなに耳が遠くないよ!」
「そっか。雑踏で聞こえにくいかなって思って」
「それはお気遣いどうも!! でも大丈夫だよ!」
「そっか、残念」
残念……!?
顔が近いって逆にしゃべりにくいでしょ!?
◆
街のあちこちでは、イチョウで作られた簡素な冠が配られる。
祭りに来た人々は皆、これを被っている。
中には服にいっぱい貼り付けている人もいるので、視界の黄色比率が高い。
「戴冠式、戴冠式」
リオネルに頭を下げさせ、イチョウの冠を載っける。
「光栄でーす。いや、懐かしいな。はい、姉上も」
リオネルも私の頭にお返しでイチョウ冠を乗っける。
「ありがと! いや、これかぶるの何年ぶりだろう」
祭り参加者は、買い食いしたり、ダンスしたり、談笑したりしながら、最終的にはイチョウ公園の中にある、イチョウの丘を目指す人が多い。
そこにいくまでに、屋台でランタンを購入して、イチョウの木に明かりを灯す。
長寿を祈る祭りだそうだ。
「そういえば姉上。あのフレードリクって人、あれから訪ねてきた?」
「ううん。大丈夫だよ。次来るとしたらヘアクリーム買いに来るときじゃないかなぁ。とは言え、もう出禁にするつもりだから、あいつのヘアクリーム作ってないんだけどね。そうだ、こないだは追い払ってくれてありがとう」
「うん。そうか。もうお客様でもないんだね」
「そうだね~」
「フフ。(あれから人を雇って、姉上の店に行こうとしたら排除するよう仕向けたら、そのうち諦めたようだけどね……)」
「……?(リオネル……どうしたのかしら。悪戯成功したときの笑顔になってる……)」
「ん? 姉上、ポカンとして、どうしたの?」
「いや……なんでもない」
この子、まさかフレードリクさんに何か……いや、考えすぎだよね。
「うん、コロッケ美味しい」
「揚げたては美味しいよね」
コロッケ&フライドポテトを購入して食べ歩きする。
「秋のお祭りは、氷菓子屋さんはの出店は少ないよねえ」
「今日は良い陽気だっだから、売れなくもないと思うんだけどね」
食べ物がなくなる度に、買って食べ歩く。
丘の麓に着く頃にはお腹がいっぱいだった。
「結構、お腹いっぱいになった。もういいや~」
「だね~。子どもの頃は全部網羅してやるって思ってたんだけど、大人になっても結構きついな」
「言ってたよね。まあ、子どもの浪漫よね。あれもこれもって」
「うん。子供の頃は食べきれなくて、でもこんなに大きくなっても、全部は食べられないんだと昔の僕に教えてやりたい」
「毎回祭りのあと、お腹壊して、食べ過ぎで怒られてたよね」
仲直りしてから初めてのお祭りなので、昔話に花が咲く。
「丘が近くなってきたから、ランタン屋が増えてきたね」
ランタンは、可愛らしいものからゴージャスなもの、シンプルなもの……実に様々、趣向を凝らして作成されたものが売られている。
あー。私も何か作れば良かった。
ランタン屋さん、売れなかったとしても楽しそう。
「ホントだ。どんなランタンにしようかな。……お、これリージョに似てる」
リージョに似てる可愛い形のランタンがあった。色も黄色だ。
「にゅ……?」
リージョが、私の外套のフードの中から顔をだして、不思議そうに見ている。
「じゃ、これにしよっか。僕も色違いにしよう」
リオネルは薄緑色のリージョを選んだ。
なんかその色、私の髪の色に似てるな、となんとなく思った。
そして、お金を支払ってランタンを受け取り丘を目指すかと歩き始めた時。
「まあ、リオネル様……?」
可愛らしい女の子の声が聞こえた。