目が覚めたら朝だった!
私が慌てて1階に降りると、リオネルが工房のソファーで眠っていた。
しかも、ちゃんと店も閉めてあり、戸締まりもしてある。
うわあ、面倒かけてしまった。
「ちょ……寮で罰をくらわないかな」
私は慌てて朝ご飯を作り、リオネルを起こした。
「リオネル! 起きて起きて! ごめんね、私、うっかり寝ちゃって」
「あ……おはよう、姉上。あ、良い匂い。朝ご飯作ってくれた?」
リオネルはすんなり目を開けた。……実は寝たフリしてませんでしたか!?
それはともかく。
「作ったよ! それより、早くしないと学院が! 一度寮に帰らないと制服もないでしょ」
「あ、大丈夫だよ。今日は学院休みだから」
「え」
「昨日、寮にも外泊届を一旦出しに戻ったから、大丈夫」
「寮とウチを往復したの!? 置き手紙でもしてそのまま帰っても良かったんだよ!」
「……でも、心配だったから。えっと、顔が近いです……姉上」
リオネルが顔を逸らした。
あ、いつの間にかとても顔を近づけていた。
「あ、ごめん。とりあえず顔洗っておいで。ご飯冷めちゃう」
まあ……とりあえず、お休みにしてるなら良いか。
わたしのせいだし、慌ててやかましく騒いでごめんね。
◆
向かい合わせでキッチンテーブルに座り、二人で朝食を摂る。
サラダに目玉焼き、そしてウインナー。
そしてパンとスープ。
実家に比べると実に素朴な食事だ。
「姉上、イチョウ祭り……行けそう?」
「もちろん!」
イチョウ祭りに行くためにも仕事に余裕が欲しくて頑張っていたのだけど。
どうやら現状を考えると、締切を伸ばしてもらう交渉をしたほうが良さそうだ。
休みの日にまで仕事をしないといけないような、スケジュールは良くない。
「もし忙しいなら、イチョウ祭りは行かなくていいよ。仕事大変でしょ」
「え」
「とても忙しいことは、姉上や工房の状態を見るとわかるよ。せっかく大きな注文が取れたんだ。内容は、ともかく。内容はともかく、ね。僕は卒業パーティのほうの約束を守ってもらえたらいいから」
「内容はともかくって2回言った!?」
「大事なことだからねぇ……。今日、僕に出来ることあるなら手伝うよ。鉱石足りてる? もし足りないなら取ってきてあげるよ」
「いや、あのね、リオネル」
鉱石を取ってきてくれるのは嬉しい。
昨日、ノルベルトさんと話をした時に出た新たな商品案のためにも、たくさんいる。
それはそれとして……私はリオネルとイチョウ祭りに行きたいのだ。
「私、リオネルと一緒に、イチョウ祭り行きたいんだよ……」
「――」
「だって、仲直りしてからお祭り行く約束したの初めてだし……。この先、リオネルが学院卒業したら、次の春には王宮務めでしょう? そうなるとスケジュールがもっと合わなくなって、こういう機会はもっと減るから……」
仕事も大事だけれど、私は弟との時間も大事だ。
「……。ごめん。姉上がそんな風に考えてくれてたなんて思ってなかったんだ。僕も仕事の邪魔になりたくなかったものだから、つい。やっぱり祭りは一緒に行ってくれる?」
リオネルが、微笑んでくれた。私の言葉に喜んでくれたように見える。
私はホッとした。
「良かった、行くの嫌になっちゃったのかと思っちゃった」
「それは、絶対ない。聞いて良い? どうしてそう思ったの?」
私は散らかった工房を見て言った。
「うん。ほら、工房とか散らかしてるし、作ってるものが……良いものを作ってる自信はあるけど、世間には大きな声ではあまり言えないものだし」
「そこ、実は気にしてたんだね……?」
「わ、私を何だと思っているのかな? 一応は気にしてるよ!」
「一応、ね」
リオネルはクスクスと笑った。
「笑わないでくれるかな!? だから、その。呆れられて、またリオネルが離れていったらどうしようかと思って」
「……あ。ごめんね。もう大丈夫だよ、それはもう、二度とないから」
リオネルは食器を置いて、私を見た。
「誓います、姉上。もう二度としません、あんな事。だから心配しないで」
その真っ直ぐすぎる瞳に、その言葉に安心するというより、何故か動揺した。
「う、うん。そっか! わかった! じゃあ、お姉様は頑張るよ! そしてイチョウ祭りは絶対行く」
「うん。絶対行こう。ところでさっきも言ったけど、鉱石いる? 行ってくるよ。今日は予定もないし」
「そう? じゃあお願いしようかな。昨日ノルベルトさんと話して、新しい商品も『O’re』で作る事になったんだ」
「……新しい、商品……?」
優しげだった瞳が、疑いの
「何か誤解してるね!? 枕! 枕つくるの!! ほら、これ! 自分用に作ったやつ!!」
「ああ……確かに。なるほど、ノルベルトさんの助言にも沿ってるし、それは良い仕事を見つけたね。そうか、ノルベルトさんが一緒なら大丈夫だね」
「いきなりのノルベルトさん推し!? どうしたの!?」
「いや、いい人だなーって」
「でしょう!? 彼は最高のビジネスパートナーだわよ!」
「うん。僕も彼は良い人だと思う。この間見たエセ貴族を見て、ちょっと治安の心配してたんだけど、ノルベルトさんを見たら僕も少し安心したよ」
「変な人はあの人くらいだよ。ご近所さんはいい人ばっかりだよ! 鍵かけないで出かけなくても大丈夫なくらい治安良いよ!!」
「それはちょっとどうなの!? 鍵はかけてよ!!」
そのあと、またしばらく、リオネルにお説教された。
すみません、ちゃんと鍵かけます。
ほんと、たまに、たまにやっちゃうのよ。
◆
その後、食事を終えたあと、リオネルは一度寮にもどり支度をすると、そのままダンジョンに向かって採ってきてくれた。
「わ、こんなにいっぱい!?」
これは……『O’re』の在庫が十分以上になった。しばらくダンジョンへ行かずに済む。
「倉庫はこっちだったよね。入れておくね」
「いや、ホント助かる! ありがとー!!」
「じゃあ、明日は学院あるから今日はもうこのまま帰るね」
「うん。 じゃあ、今度はイチョウ祭りでね」
「うん。またね……――マルリース」
彼を見送り、家に入ったあと、違和感に気がつく。
「……あれ?」
今、名前で呼ばれてた。
いつも姉上なのに。
――なんだか、新鮮な感覚だ。
その後、私は寝るまで何回か彼が言った『マルリース』という言葉を、
――ちょっと間違えただけだと思うのに、何故こんなに思い出してしまうのだろう。
窓の外の星空を見ながら、何故か何度も何度も、耳にやたら残るその声を思い出した。