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16 リオネルSIDE:ノルベルトの受難


 ――ノルベルトさん。


 彼は、以前出会った横暴なフレードリクとは、姉上の反応が明らかに違う。

 当然と言えば当然だが、姉上の方が、彼に対してかなりの好感を寄せているのがわかる。


 他人の男と接してあんな風に屈託なく心を開いている姉上を初めて見た僕は動揺した。


 『商売仲間』だと言われたが、それにしたって仲が良すぎないか?

 焦燥に駆られた僕は、思わずノルベルトさんを追いかけた。


「ノルベルトさん」

「(うわ、やっぱり追ってきた)はい、なんでしょうか」


 この人、平民なのに姿勢や歩く姿がとても綺麗だな……。


 僕としたことが……この人には手ごわさを感じる。


「姉について伺いたいことがあります。そこのベンチでも……すこし座りませんか」

「(捕まった……)はい、畏まりました」


 近くにコーヒーワゴンがあったので、2人分購入し、ノルベルト氏に1つ渡し、ベンチに座り込む。


「お気遣いありがとうございます」


「いえ。それよりも――単刀直入に聞きますが、本当に姉とは商売だけの関係で?」


「はい、そうです」


「その、姉と……将来を考えて近づいてるなんてこと、は……」


 ノルベルト氏は困ったように微笑んで僕を見て、そしてきっぱり言った。


 「――それは、まったくありませんね。確かに元貴族令嬢のあなたのお姉様がこんな場所で一人暮らししていると思うと、心配になりますよね。わかります。ですが、彼女と私はただの商売仲間です。ご安心ください」


 落ち着いた瞳で、きっぱり言われた。

 ――品がある。

 質の良いダークブロンドの髪はつややかで、顔も端正だ。


「しかし、姉がずいぶんとあなたを頼りにしているように見えました。姉の方があなたを好いたとしたら、気持ちが変わることもあるのでは」


 焦燥が。

 長年こじれた思いが、僕を小心者にしていく。

 余計な言葉が出てしまう。

 慌てた愚か者になっていく。

 こんな風に話すつもりではなかったのに。


 そんな僕とは対照的に、ノルベルト氏は物静かに微笑みを浮かべている。

 なんだか、負けた気分になる。そして自分が恥ずかしい。


「それもないんじゃないでしょうか」


 落ち着いているのによく通る声だな……。


「どうしてですか?」


「私もじきに21歳になりますが、幾度か女性との交際はございました。その経験からですが、お姉様の私に対する感情に恋愛的な思慕は感じられません。おそらく甘えやすい兄のように思われているかと」


「兄……。そう、ですか」

「それに私にも婚約者がおりまして、来年挙式をあげます。マルリース様もご存知ですよ」


 婚約者いるの!? それ先に言ってよ!!

 いや、しかし道ならぬ恋が発生している可能性も……!


「(――って思ってるのがありありとわかるな、この御仁。恋に呑まれて知性が下がってるな……) ちなみに、私と婚約者は恋愛結婚になります。私は婚約者を裏切るような真似は致しません」


「そう、ですか……」


 そうか、僕だって常に傍にいるわけじゃないし、姉上だって交流相手が必要だよな。

 今は婚約者もいないんだし、別に男友達がいても不思議じゃない……不思議じゃ……。


 ああ、それにしても恋愛結婚? なんて羨ましい……。


「(あー……明らかに今度は落ち込んだ。これは、かなりこじらせてるな……。あー……もう、しょうがないな!)リオネル卿は、弟君でいらっしゃるとお伺いしましたが。失礼ながら、ひょっとして血のつながりは……」


「ありません」


「(だよな、確かいつだったかマルリースは養子だと言ってた気がする)やはり。そして、お好きなんですね、マルリース様が(ズバッ)」


「!?」


 ――何故、わかった!?


 ボクは思わずポーカーフェイスが崩れ、驚きの表情を浮かべてしまった。


「(何だその驚愕した顔は! バレバレなんだよ!! 当人(マルリース)は気がついて無いみたいだがな!)……私が見ている限り、彼女に色恋沙汰は起きてませんよ。安心して下さい」


「あ……ありがとうございます」


 なんだろう、この人になら全てを話したくなる……。

 そうか、こういう人だから姉も素直に話しているのか。


「コーヒー、ごちそう様でした。……では、そろそろ私はこれで……」


「あの!!」


「(まだなにかあるのか!?)なんでしょうか」


「姉と弟の関係は、どうやったら超えられるでしょうか……」


「……。(知らねえよ!! そんな事!!)」


 ノルベルトさんは、コホン、と咳払いをすると口を開いた。


「私にも兄弟はたくさんおり、血のつながってない者もおります。しかし、そのような思いを抱いた事はございませんので、なんとも申し上げられません」


「そうですか……やはり、そうですよね。実は昔、姉には一度振られてしまいまして……」


「(話しが切れない……!)……はい。それは……ご愁傷さまです」


 立ち上がったノルベルトさんは、真摯な瞳で僕を見て、座り直してくれた。

 良い人だな。


「……」(←ただ諦めて座ったノルベルト)


 僕は、彼に感謝しつつ、話を続けた。


「姉に振り向いてほしくて、色々頑張ったんです。勉学も、貴族としての振る舞いも、騎士としても『剣聖』にまで至りました。学院は今年卒業なのですが、首席になると思います」


「(経歴すごいな!? ていうか剣聖!? あ! 思い出した、新聞で見たわ! そうだ、確か名前が……!)それは、王族から縁談とか来そうな経歴ですね」

「実は来ました。断りましたが」


「(来てるの!? てか、王族からの縁談って断れるのか!? ……あ、そうか。たしか剣聖は王族と同位だったな)それは……すごいですね。それほどマルリース様を愛していらっしゃると」


「……はい。でもどんなに自分を磨き上げようとも、姉は僕を弟としか見れないようで……! だから、焦る気持ちが有り、思わずあなたを呼び止めてしまった。申し訳ありません……!」


 僕は膝の上で拳を握った。

 そんな僕の様子を、彼は真摯に見つめ、こう言った。


「いえ、大丈夫です……。(うーん……) ああ、1つだけ……思うのですが。マルリース様は、家を出られて戸籍も独立、あなたとは今、姉弟ではないのですよね?」


「あ……はい。そういえば、そうです、ね」


「では、まず。……呼び方を変えて見てはいかがですか?」


「……!!」


「姉上、と呼ばれているのも『姉弟の枠』を超えられない1つの原因ではないですか? (知らんけど)」


 僕は、ぐいっとコーヒーを飲み干し、カップをベンチの上に置くと、ノルベルトさんの両手を握りしめた。


「そ……それは盲点でした!!! ああ! ありがとうございます! ノルベルトさん……すごいです!!」


「……他人のほうが見える部分があるだけかと。ですが、お役にたてたのでしたら、幸いです。(男に手を握られている……。耐えろオレ……。……ああ!? 目の端に宿屋の娘が見える! あそこの娘、男同士の恋愛本書いてるんだよ!! やめろ! 邪に光る目でこっち見るんじゃない!!)」


「ノルベルトさん、疑ってしまってすみません。これからも姉と僕の相談に乗ってください。……それでは僕はそろそろ戻ります。姉を待たせているので」


「(姉と……僕の!? マルリースは商売仲間だからわかるが、何故お前まで!?)……そうですね、マルリース様がお待ちでしょう。では、私もこれで」


 そして僕はノルベルトさんにお礼を言って別れた。頼りになる良い人だ。姉上が心を開くのも解る。

 将来、ノルベルトさんの商店にぜひ寄付しよう。



 ◆



 店に帰ると、姉上はキッチンテーブルに突伏して眠っていた。

 ティーセットとクッキーが並べられてる。

 僕を待っててくれたんだ、待たせてしまったな。


「姉上、待たせてごめんね。風邪引くよ」


 少し揺すったけど、起きない。

 工房の荒れ方を見るに、相当疲れてるんだろう。

 木炭握ったまま寝てるし。


 見ればリージョまでカゴのベッドでスヤスヤ寝ている。


 「いくらガーゴイルが見張ってるからって、店が開いてるのに、不用心だよ」


 姉上の手から木炭を取り、手を拭いて綺麗にしたあと、彼女を抱き上げた。

 そのまま階段を登って彼女のベッドルームへ連れて行く。


 ふと、階段の途中で足を止めた。


 眠っている姉上の顔に惹かれる。


「……」


 ふと、その唇に自分の唇を近づけそうになり、堪える。


「いけない」


 ため息を1つついて、彼女をベッドに寝かせる。


「やれやれ、ピクリともしない。ぐっすりだ」



 しかし、呼び方か。


 ――確かに、そう考えてみると、僕は……。


 姉弟の枠を取り払いたいと思いつつ、自ら弟であろうとしていた気がする。


 彼女が婚約破棄で傷ついた事も考慮しているつもりで、臆病になっていることに気がついた。


 また、弟にしか見えない、と言われたら……と。


 参った。姉上があんな感じだから取り付く島がないと思っていたがまさかの自分側にも問題があったなんて。


「マル……マルリー……、結構ハードル高いな。うん、でも」


 いや、ハードル高い、なんて言ってる場合じゃないな。

 父上にはマルリースの負担になるような事はするな、と言われてる。


「……名前で呼ぶようになったら、僕はあなたの負担になりますか……?」


 眠る彼女に問いかけ、彼女のサークレットを外し、その額にキスを落とした。


 そのあと、1Fへ戻り、彼女が起きるまで店番をした。


 お客は誰も来ず、結局彼女が起きたのは翌朝だった。



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