「抱き合う? ああ、そういえばノルベルトさん、ありがとうございます。コケるとこでした」
私は体勢を整え、ノルベルトさんに掴まってた手を放した。
「おう。今日はゆっくり休めよ。えーっと弟さん、何か勘違いしてるように見えるから言うが。オレはこいつが、転けそうになったのを受け止めただけだ。誤解されるような仲ではない」
あ、なるほど。
察しの早いノルベルトさんの説明でよくわかった。
リオネルからすると、訪ねてきてドアを開けたら、真っ昼間から姉の
「あはは。リオネル、こちらはね、ノルベルトさん。そういえば初対面だったね。この辺りの商店街の会長さんだよ」
「あ……これは、どうも。取り乱して失礼しました。姉がお世話になっております。リオネル=リシュパンと申します」
まだ動揺は抜けてないが、それでも丁寧にリオネルは挨拶した。うん、良い子だね。
「これはどうも。ノルベルト=モンテールです。モンテール商会の5男です。この区画の商店街の商会長をやっております。いや、しかし……リシュパン? リシュパンと言えば確か……子爵家の?」
ノルベルトさんは、5男だったのか。兄弟多いな!
「はい、リシュパン子爵家の長男です」
「これは……そうとは知らず、失礼をお詫びいたします。あ、そうか。オレとしたことが忘れていた。マルリースは子爵家の元ご令嬢だったな」
さすがノルベルトさん。フレードリクとは格が違う。
リオネルが名乗っただけで、サッと気がつき、綺麗に一礼する。
てか、私が貴族出身なの忘れてたの!?
「まさかとはなんですかー。気品溢れてるでしょー」
「それはオレの知っている気品とは違うようだな。気品溢れるご令嬢は、こんな人形は作らないだろうし、部屋もこんなにごちゃごちゃしとらんだろう」
「わあ、それはないですよ! でも言い逃れできませんねえ」
ノルベルトさんの言葉が真っ直ぐすぎて耳が痛い。私は口を尖らせた。
「そう思うならもっとちゃんとした生活をだな」
お説教が続きそうだ……と思った時。
「あの!」
「なに? リオネル」
「なんでしょうか、リシュパン子爵令息」
「あ……いや、リオネルで結構です。それはともかくとして、その、姉とはいつもこんな、感じで?」
「そうだよ~。ノルベルトさんは面倒見の良い人だから、お世話になってるんだ!」
「(あー、これは……うん。察し。)……彼女だけではなく、この界隈ではあちこち相談役として見回っております」
「そう、ですか」
「ノルベルトさんは、すごいんだよ! 困ってる商店を色々助けてるんだよ~! ……痛っ!?」
ぐぅ!? いきなりノルベルトさんに足踏まれた!!
「すまん、マルリース。ちょっと身動きしたら足を踏んでしまった。(この姉、察してないな……。この弟の前でオレを褒めるんじゃない!)」
「姉上、大丈夫? (……この人、今。わざと踏んだ……?)」
「大丈夫だよー。あはは、ノルベルトさんでも、うっかりすることあるんですねー!」
「まあな」
「……。(まさか、実はこっそり交際していて、うっかり姉上が口を滑らさないように、話題変えを……!?)」
「……。(顔が予断を許さない感じになった……この弟の心の中でオレの誠意は、トンデモ方向へ転がったな!? この姉弟、どっちも手間がかかるな!?)」
ノルベルトさんは、目にかかった前髪をすこし持ち上げると、懐中時計を見た。
「ああ、そろそろオレ行くわ。それじゃ、さっきの製品の件、考えとけよ。近いうちにまた来るから。心当たりの人形師も今度紹介してやる(これ以上厄介なことになる前に退散しよう)」
「はーい! いや、めっちゃやる気でるー!」
いや、ノルベルトさんのお陰で少し休憩できたし、なんか健康を取り戻した感ある。
持つべきものはノルベルトさんよ。
「いや、今日はもう休んどけよ。それでは、リオネル卿、私はこれで失礼致します」
「あ……はい」
「はーい、さようならー!」
私は、陽気にノルベルトさんに手を振って見送った。
さて、わざわざ訪ねてくれたリオネルにお茶を出そうかと、声をかけようとした時――。
「姉上、ちょっと出てくる。すぐ戻る」
「え、ちょっと。どこいくの??」
リオネルは、店を飛び出していってしまった。
???
すぐ戻るっていうから……まあ、待ってようか。
私は、お茶の用意をしたあと、またデザイン作業をしながら、リオネルを待っていた。
だけど、リオネルはなかなか帰って来なくて、また突伏して眠ってしまった。