「ほら、しっかり食え。軽食だが」
「わ、リージョの分まで。ありがたい……!」
「きゅ、にゅ……!」
リージョがサンドイッチの前でピョンピョンと跳ね、舞ってる。
「それにしても、ちょっとオーバーワークじゃないか? バイトでも雇ったほうが良いぞ。もう売れるのは確定なんだろう?」
私の向かいに座ったノルベルトさんがコーヒーを口にしながら言った。
「人手は欲しいです。でも最初のこの注文だけは自分の手で仕上げないと。テスト品の引き取りで売上があったとはいえ、赤字は埋まってません。ここ数ヶ月の赤字は埋めたいんですよ」
「だが借金になってるわけじゃないだろう。雇える資金がまだあるなら、自分の健康を考えた仕事をしろ」
心配してくれてる割に、呆れた目をされてる!
「うう。仰る通りではあります。しかしですね。納期を考えるとですね、雇用に使う時間がないんですよ。来てもらって何をしてもらったらいいか、とか」
「じゃあ、飯炊きやアイテム整理、店番でも頼めばどうだ。それだけでも時間が浮いて、それこそ余裕ができるだろ。販売が確定しているなら、赤字回収はそのあとにしとけ。気になるだろうがな」
「ふうむ……なるほど」
言われてみればそうだ。
しかしそれは、普段の私でも考えつきそうな事だった。
……つまり、私は相当疲れている。
「そういえば、仕事の効率も落ちている気がします」
「ほらみろ。こうやって休憩入れただけで自分の状態を把握できるだろ。しょうがないな。今日は少しオレが手伝ってやる。それは人形のデザインか」
「ん? はい。オーダーに合わせた人形の容姿を考えてました」
「オーダー見せてみろ。……桃色の髪に緑の瞳、胸は控えめ……なるほど」
木炭を手にして、ノルベルトさんがサラサラと用紙に少女の絵を描き始めた。
「え! とても上手! そして速筆!!」
「仕事柄、絵の説明に頼ることもあるから、多少ではあるが
多少たしなむ、と言う割にはうますぎる。
この人、やらせたら何でもできるんじゃないか……。
「……なんだろう、この『こういうのが良いんだろう?』感……。すごい! ノルベルトさんを雇いたいです」
「オレの稼ぎを超えられる給料が払えるなら雇われてやるがな」
「無理!!」
ノルベルトさんの稼ぎが幾らか知らないし、匂わせないけどこの人絶対富豪だよ……。
しかも商会長さんだもんな……雇える訳が無い。冗談ですよ!
「で、あと何体だ」
「とりあえず最初の納期ぶんは、7体です」
「……オレの予想だが、それを作り上げるのに一ヶ月以上かかるだろう。おまえ、納期の交渉はちゃんとしたのか?」
「え、えっと」
「してないな。納期は相手に言われるがままじゃなくて、ちゃんと自分の作成スピードを考えて交渉しろよ。そういえば、以前にも納期をギリギリにしてボロボロになってたな、お前」
「早く欲しいっていう気持ちに答えたくて……。それに何か交渉したら注文やめられたりしないかって」
「そのやり方はいつか倒れるぞ。それにその納期の交渉で注文を取りやめるようなやつは、逆に売らなくてもいいだろう。そういうヤツは、売った後も何かしらうるさい可能性が高い。再注文となったらまたそいつの言いなりの納期になるぞ。とりあえずデスクに突っ伏しでいいから、すこし休め」
「ではお言葉に甘えて……よいしょ」
私はデスクの下のカゴにいれておいた、商品に使えない『O're(オーレ)』で作ったリージョの形の枕を取り出した。
机に置いて、そこにボフッと頭を置く。頬にあたるそのプニップニした感触がたまらない。
「はわーん」
自作とはいえ、極楽。
「おい、待てなんだそれは」
「え。人形に使うために削った『O're』の残りカスみたいなので作った枕ですよ。プニプニして心地よいんです。しかも汚してもサッと洗えますし」
「ちょっと貸してみろ」
「どうぞ?」
「ふむ……。不思議だが呼吸もできて、窒息しない。おまけに簡単に洗える……おまえ、どうしてこっちを商品化しなかったんだ」
「はい?」
「こっちのほうが、『O're』の消費量も少ないし、嫁人形に比べて作るのが楽だし大量生産しやすいだろう。ターゲット層も広いぞ」
「あ……」
「あ、そうか、先に思いついたのが人形だったから、思いつかなかったんだな……。先に人形ありき、の素材か」
「そうですよ、先回りして言われた!?」
「付き合いができて半年弱。オレはそろそろお前のことは見切っているぞ」
「ノルベルトさん怖い!!」
「うるさい! それより枕のほうに方向転換しろ。というか寝具方面に。簡単に洗い流せて、しかも綺麗に落ちるっていうなら寝具革命が起きるぞ! そしてうちの商店にも置いてやれる」
「う、うおおおおお!? し、しかし、すでに人形もプロジェクトが娼館とコラボで始まってて、今更やめれないよ!」
「その権利は売ってしまえ」
「ええ!?」
「仕事がない人形師に作って売る権利をくれてやれ。もしくは雇え。ただし、この『O're(オーレ)』部分は企業秘密にしてお前が担当し、その部分を人形師に素材として販売しろ。できるだけ押さえた価格でだが」
「……お、おお。ちょっとノルベルトさん、天才では?」
「天才ではない。頭脳が健康なだけだ」
そんな謙遜の仕方初めて聞いた! でも。
「わーい! ノルベルトさんありがとうー!!」
私は立ち上がってノルベルトさんの手を取り、感謝の握手をしようとした。
「あ」
しかし、急に立ち上がったせいか、立ち眩みがして、そのまま前のめりに倒れ込みそうになった。
「おい、大丈夫か。急に立ち上がるから――」
それをノルベルトさんが受け止めてくれた。
そのタイミングで、店のドアがカランカランとベルを鳴らして開いた。
「姉上、近くまで来たから顔を見せに……」
「あ、リオネル、いらっしゃい」
「いらっしゃ……姉上? 身内か?」
口をあんぐり開けて、リオネルが固まった。
「あ、姉上。その人は? ……どうして、抱き合って、いるのです、か……?」
カクカクしながら、息絶え絶えに呼吸しながら話している。
ん? 抱き合う??