「ふー、疲れた!」
「……ニュッ」
店内に入ると、私の肩にいたリージョが、自分のカゴへまっしぐらに飛びはねて行った。
「リージョも疲れたね」
カゴから耳だけピョコ、と出て揺れてる。
自分のベッドに帰れてご機嫌な模様。
「リージョは可愛いね」
リージョは、ダンジョンにいる間、リオネルの肩にも乗っかってた。
私より背が高くて見える景色が違って見えて楽しかったのだろう。
「あ、姉上。さっきはクッキーをねだってしまったけど、お茶だけでいいよ。今から作るなんて大変だ。気が利いてなかった」
「大丈夫だよ。簡単だから。ついでだし、寮に帰ってからも食べられるようにたくさん焼いてあげるよ~」
「それは嬉しい、ありがとう……ところで、これは……例の人形かな?」
リオネルが工房内に私の人形を発見して、嫌そうに指さした。
「汚いものを見るような顔だ!? 酷いわ、自信作なのよ!? まだ途中だけど!」
「……たしかに人間そっくりだね(姉上の顔で作られてないのが救いだな……)」
「でしょ! 皮膚も人間そっくりで」
「……ご遺体……」
「なんてこと言うの!?」
「だって、かなり人間に近いのに体温がないし……」
ピコーン!
……なるほど!?
「ほう……。人肌要素にもう一味……これはお姉様気が付かなかった! 他に何か取り入れたほうがいいものってあるかな!?」
「苦情を言ってるのに、何故商品相談しようとしてるの!? もうやめて!? シャワー借りるね!!」
リオネルは逃げるようにシャワールームに入っていった。
くそう……。
しかし、体温か。盲点だった。やはり他人の感想はありがたいな。
ご遺体とか言われたし、ちょっと考える余地はあるな。
フィードバック大事。
「とりあえず、お茶の支度しよう」
弟にクッキーを焼くなんて、何年ぶりだろう。
嬉しい、本当に仲直り出来てよかった。
◆
リオネルは、着替えは持っていたようで、ラフなシャツとズボン姿でキッチンに戻ってきた。
「おかえりー。とりあえず水分とりたいでしょ。果実水をどうぞ」
「ありがとう」
クッキーはもうオーブンに放り込んだのであとは焼き上がるのを待つだけだ。
私も自分の果実水をコップに注いで、キッチンテーブルに座った。
「姉上、さっきみたいな男は結構来るの?」
「ううん、厄介なのは、さっきの人ぐらいかな」
「一人でも、僕は心配だな」
「大丈夫。ガーゴイルをいくつか作って家に潜ませてるから、フレードリクさんみたいな人なら、何かしてきたとしても、イチコロよ」
私は親指でクイッと、喉前に横線を描いた。
「柄が悪いのはともかく……なるほど、防衛システムはしっかりしてるんだね」
「専門職に襲われたらさすがに無理だけどね! 備えてるから、平気だよ」
「たくましいね」
「ふふ。セキュリティは、ちゃんと考えてるよ!」
「ところで、秋の終わりにあるイチョウ祭り……数年ぶりに行かない?」
「え」
「仲直りしてからも、お祭りとか姉上と行ってなかったなって」
「ん? いいよ」
「やった。昔は護衛を付けてもらって、二人でよく行ったよね」
「うん、なんだか懐かしいね」
「……(あの頃と変わらず、ずっと好きなんだと今伝えたら……もう会ってくれなくなったり、修復できたこの関係が壊れるんだろうか……)」
リオネルがすこし沈んだ顔になって無言になった。
「ん? どうしたの?」
「姉上、えっと……」
その時、オーブンの時間を測っていた砂時計が全部落ちきった。
「あ、ちょっと待って。クッキーを取り出してくる!」
「……うん」
オーブンからクッキーを取り出すと、綺麗なきつね色だった。
「にゅ! きゅ!」
匂いに釣られて、リージョがいつの間にか肩に乗っかって跳ねてる。
「良い感じに焼けたよー! はいはい、リージョにもあげるからね」
私はリオネルのお土産ぶんを紙袋に詰めると、あとは皿に並べた。
ついでに紅茶を淹れて、トレイでリオネルのところへと運ぶ。
「うん、良い匂いだね」
「まだ熱いから気をつけてね」
リオネルがクッキーの温度を確かめるように、ツンツンと手前のクッキーをつついたあと、手に取った。
「ふふ。熱いまま食べるの、結構好きなんだよね」
「わかるー。ところで、さっき何か言いかけてなかった?」
「……あ。うん、えっと」
「うん」
「……姉上、イチョウ祭りもだけど、もう1つ。僕、あと半年もしないで学院卒業なんだけどさ」
「うん。いよいよだね」
「卒業パーティで僕のパートナーやってくれない?」
「うん? いいけど……学院の女の子は?」
「えっと、誰か1人に頼むと、変な噂が立つから……」
「ああ! そうか! お姉様は察したわよ。学院でもモテモテなんだね、リオネル。よし! 平等性を保つためにお姉様がひと肌脱ごうじゃないか」
「あー、うん。お願い」
「なんか、歯切れが悪いね。なにか悩んでる?」
「……そうかも」
「聞くよ?」
「ん、まだ……いいや」
「そっか」
心配だな。そのうち話してくれるといいのだけれど。
◆
二人で簡単に晩ごはんも食べたあと、リオネルは寮に帰ると席を立った。
店の前で見送る。
「じゃあ、また遊びにくるね」
「うん、今日は本当に丸一日付き合ってくれてありがとう! 学院、頑張れー……ん?」
バイバイ、とひらひら振っていた手をそっと取られた。
ん?
「……おやすみ、姉上」
「うん、おやす……」
手を解放された、と思ったら今度は、額にかかる髪をかきあげられ、そこにある赤い石の横にキスされた。
もう遅い時間だったし、外出予定もないからサークレットは外していた。
「リオネル……?」
「(ニコ)」
キスのあと、彼は笑顔を向けるとそのまま去っていった。
私も、家に入って鍵をかけた。
額に手をやる。
なのに、なんだか――額の石がすこし熱い。
「な、なんだコレ……」
その後、シャワーを浴びて湯船につかっても、寝る前のボディケアをしていても、石からなにか熱が伝わってくるようだった。
疲れているにも関わらず、私はしばらく眠れなかった。