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12 なぜか眠れない。

「ふー、疲れた!」

「……ニュッ」


 店内に入ると、私の肩にいたリージョが、自分のカゴへまっしぐらに飛びはねて行った。


「リージョも疲れたね」


 カゴから耳だけピョコ、と出て揺れてる。

 自分のベッドに帰れてご機嫌な模様。


「リージョは可愛いね」


 リージョは、ダンジョンにいる間、リオネルの肩にも乗っかってた。

 私より背が高くて見える景色が違って見えて楽しかったのだろう。


「あ、姉上。さっきはクッキーをねだってしまったけど、お茶だけでいいよ。今から作るなんて大変だ。気が利いてなかった」

「大丈夫だよ。簡単だから。ついでだし、寮に帰ってからも食べられるようにたくさん焼いてあげるよ~」

「それは嬉しい、ありがとう……ところで、これは……例の人形かな?」


 リオネルが工房内に私の人形を発見して、嫌そうに指さした。


「汚いものを見るような顔だ!? 酷いわ、自信作なのよ!? まだ途中だけど!」


「……たしかに人間そっくりだね(姉上の顔で作られてないのが救いだな……)」

「でしょ! 皮膚も人間そっくりで」


「……ご遺体……」


「なんてこと言うの!?」

「だって、かなり人間に近いのに体温がないし……」


 ピコーン!

 ……なるほど!?


「ほう……。人肌要素にもう一味……これはお姉様気が付かなかった! 他に何か取り入れたほうがいいものってあるかな!?」


「苦情を言ってるのに、何故商品相談しようとしてるの!? もうやめて!? シャワー借りるね!!」


 リオネルは逃げるようにシャワールームに入っていった。

 くそう……。


 しかし、体温か。盲点だった。やはり他人の感想はありがたいな。

 ご遺体とか言われたし、ちょっと考える余地はあるな。


 フィードバック大事。


 「とりあえず、お茶の支度しよう」


 弟にクッキーを焼くなんて、何年ぶりだろう。

 嬉しい、本当に仲直り出来てよかった。



 ◆


 リオネルは、着替えは持っていたようで、ラフなシャツとズボン姿でキッチンに戻ってきた。


「おかえりー。とりあえず水分とりたいでしょ。果実水をどうぞ」

「ありがとう」


 クッキーはもうオーブンに放り込んだのであとは焼き上がるのを待つだけだ。

 私も自分の果実水をコップに注いで、キッチンテーブルに座った。


「姉上、さっきみたいな男は結構来るの?」

「ううん、厄介なのは、さっきの人ぐらいかな」

「一人でも、僕は心配だな」

「大丈夫。ガーゴイルをいくつか作って家に潜ませてるから、フレードリクさんみたいな人なら、何かしてきたとしても、イチコロよ」


 私は親指でクイッと、喉前に横線を描いた。


「柄が悪いのはともかく……なるほど、防衛システムはしっかりしてるんだね」

「専門職に襲われたらさすがに無理だけどね! 備えてるから、平気だよ」

「たくましいね」

「ふふ。セキュリティは、ちゃんと考えてるよ!」


「ところで、秋の終わりにあるイチョウ祭り……数年ぶりに行かない?」

「え」

「仲直りしてからも、お祭りとか姉上と行ってなかったなって」

「ん? いいよ」

「やった。昔は護衛を付けてもらって、二人でよく行ったよね」

「うん、なんだか懐かしいね」


「……(あの頃と変わらず、ずっと好きなんだと今伝えたら……もう会ってくれなくなったり、修復できたこの関係が壊れるんだろうか……)」


 リオネルがすこし沈んだ顔になって無言になった。


「ん? どうしたの?」

「姉上、えっと……」


 その時、オーブンの時間を測っていた砂時計が全部落ちきった。


「あ、ちょっと待って。クッキーを取り出してくる!」

「……うん」


 オーブンからクッキーを取り出すと、綺麗なきつね色だった。


「にゅ! きゅ!」


 匂いに釣られて、リージョがいつの間にか肩に乗っかって跳ねてる。


「良い感じに焼けたよー! はいはい、リージョにもあげるからね」


 私はリオネルのお土産ぶんを紙袋に詰めると、あとは皿に並べた。

 ついでに紅茶を淹れて、トレイでリオネルのところへと運ぶ。


「うん、良い匂いだね」

「まだ熱いから気をつけてね」


 リオネルがクッキーの温度を確かめるように、ツンツンと手前のクッキーをつついたあと、手に取った。


「ふふ。熱いまま食べるの、結構好きなんだよね」

「わかるー。ところで、さっき何か言いかけてなかった?」


「……あ。うん、えっと」

「うん」 


「……姉上、イチョウ祭りもだけど、もう1つ。僕、あと半年もしないで学院卒業なんだけどさ」

「うん。いよいよだね」

「卒業パーティで僕のパートナーやってくれない?」

「うん? いいけど……学院の女の子は?」

「えっと、誰か1人に頼むと、変な噂が立つから……」


「ああ! そうか! お姉様は察したわよ。学院でもモテモテなんだね、リオネル。よし! 平等性を保つためにお姉様がひと肌脱ごうじゃないか」

「あー、うん。お願い」


「なんか、歯切れが悪いね。なにか悩んでる?」

「……そうかも」

「聞くよ?」

「ん、まだ……いいや」

「そっか」


 心配だな。そのうち話してくれるといいのだけれど。



 ◆


 二人で簡単に晩ごはんも食べたあと、リオネルは寮に帰ると席を立った。

 店の前で見送る。


「じゃあ、また遊びにくるね」


「うん、今日は本当に丸一日付き合ってくれてありがとう! 学院、頑張れー……ん?」


 バイバイ、とひらひら振っていた手をそっと取られた。


 ん?


「……おやすみ、姉上」

「うん、おやす……」


 手を解放された、と思ったら今度は、額にかかる髪をかきあげられ、そこにある赤い石の横にキスされた。

 もう遅い時間だったし、外出予定もないからサークレットは外していた。


「リオネル……?」

「(ニコ)」


 キスのあと、彼は笑顔を向けるとそのまま去っていった。

 私も、家に入って鍵をかけた。


 額に手をやる。


 なのに、なんだか――額の石がすこし熱い。


「な、なんだコレ……」


 その後、シャワーを浴びて湯船につかっても、寝る前のボディケアをしていても、石からなにか熱が伝わってくるようだった。

 疲れているにも関わらず、私はしばらく眠れなかった。



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