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11 弟じゃなきゃ

 リオネルに送ってもらい帰宅すると、店の前にイライラした表情の知人男性が立っていた。


「どこ行ってたんだよ、マルリース」

「ああ。こんにちは、フレードリクさん。何か御用ですか?」


 近所にお住まいのフレードリクさんだった。

 フレードリクさんは、ご自分の黒髪の癖っ毛を気にされているようで、いつも髪用クリームでガッチガチに固めていて、黒光りしている。てかてか。


 そのヘアクリームは私が作ったものだ。

 本来こんなに塗ったくるものではない。

 もう少し使用量は抑えるべきだと言っているんだけど、整えているうちにいつも、エスカレートしていくようだった。


 「話があるから待ってたんだろ。てか、誰だよ、その男は」


 フレードリクさんが弟を指さす。

 いつも思ってるけど、失礼な人だなぁ。


「僕も知りたいな。姉上、この方は誰かな?」


 リオネルの顔がいっきに不機嫌になった。

 リオネルも指差しされて、ムッとしたのだろう。


「姉上? ということは弟か?」

「どうも。弟の……リオネル=リシュパンです」


 綺麗な姿勢で丁寧に頭を下げるリオネル。

 さっき、一瞬崩した表情も、今はポーカーフェイスを保ち笑顔を浮かべている。

 我が弟は洗練されておる。すばらしい。


「リシュパン……? こいつの姓名はポプラだったかと思ったが」


「ああ、それは私が実家から独立する際に、自分の姓名を自分で決めただけです。私も元は、マルリース=リシュパンです」


 ちなみに、購入した家の近くにある街路樹がポプラだったので、なんとなくポプラにしただけだ。


「ふん……。独立するのに籍を抜けるってのも、なかなか聞かない話だが」


「平民の方はそうでしょうね」


 不躾なフレードリクさんの態度にも涼しい微笑みで対応するリオネル。

 すばらしいな。我が弟ながら見惚れてしまうわ。


「ふーん。(……平民の方?)」


 フレードリクさんは面白くなさそうな顔で、リオネルをチラチラ見ている。

 ところで何の用なんだ。

 私は切り出した。


「ところで、何かご注文ですか? ヘアクリームが、なくなりました?」


 使いすぎなのよ。だからすぐに無くなるのよ。


「ヘアクリームはまだある。注文じゃない。今度の休み、城下町へ一緒に行くぞ」

「え、なんで」

「一緒に食事をする」


 え……。ごめんこうむる。


「無理です」


 私は即答した。


「は?」

「仕事が忙しいので」 

「この俺が誘ってるんだぞ!?」

「そう言われても困ります。行けないものは、行けないです」


 仕事は忙しいし、そんな仲でもないし。

 この人とそんなデートみたいな事したくない。


 近所付き合いがあるから丁寧に接してはいるが、私はこの人が大嫌いである。

 この町内会長の息子だから、と威張っていて、いつも上から目線でこちらの都合なんて聞かない。


 少なくとも私のほうは、個人的に仲良しだとは思ってないし。

 ヘアクリームを買ってくれるお客様ってだけだ。


「俺に逆らって、この区画で商売出来ると思うなよ」

「脅しは犯罪ですよ。それにこの区画で商売を取り扱ってるのはノルベルトさんですから。勘違いなさらないでください」

「ノルベルト……あいつがなんだってんだよ! あいつなんか、ただの平民だろ。俺の家系はなぁ、さかのぼれば貴族なんだぞ!」


 ちなみにこの人は、ノルベルトさんをライバル視している。

 申し訳ないが、ノルベルトさんは、貴族令息並に身のこなしが優雅だし、容姿もなかなかのものだし、学もある。


 フレードリクさんは、その足元にも及ばないと思う……。


「貴族の末裔まつえいでいらっしゃるのですか? 失礼ですが……どちらの御家門で?」


 気がつけばリオネルが私の前に出て庇ってくれている。

 厳しい顔をし、フレードリクを静かに見つめる。

 空気がピリリ、とする。


「あ、アレハンドラ男爵家だ……!!」

「……おかしいですね。そのような男爵家は、この国の歴史において存在したことがないはずです。僕の記憶が正しければ、ですが」

「なっ……! 失礼なやつだな! じゃ、じゃあ、お前の記憶が間違っているのだろう!」


「あれ? この間は確か、ミラグロス侯爵家って言ってませんでしたっけ?」


 私も既にじと目である。

 そんな侯爵家も男爵家もないわ。


「この国が誕生してからの貴族を全て把握してるはずなんだが、知らないな……。歴史書に載ってない家門があるなんて大変だ。王宮の史官に連絡しなければ。今から家系図を拝見しにお宅へ伺っても?」


「え……っ。いや、その。……ていうか、お前なんなんだよ! 俺は今、マルリースと喋ってるんだよ! 弟だからって割り込むなよ!」


 フレードリクは動揺している。

 だが、リオネルはさらに追い詰めるように言葉を続けた。


「そういうわけには参りません。国家歴史に漏れた家門があったなら、国家歴史資料史官長に連絡しなければ。これは結構な大事です。失礼ながら、もし虚偽ならば……刑罰に問われますが……よろしければ家系図を閲覧させていただけないでしょうか?」


「え、刑罰!? ……あ、いや、家系図は……どっかいった。てかおまえにどうしてそんな相談されなきゃなんないんだよ!」


「ああ、先程申し上げていなかったのですが、私は……リオネル=リシュパン。リシュパン子爵家の長男で、今は学生の身ですが家門を継ぐまでの間に王宮騎士として従事することが決まっております。よってこの件は、見過ごすことはできません」


「お、王宮騎士だと!?」


「はい。なのであなたの家門がどういう経緯で平民となったのか、非常に興味がありま――あ」


 フレードリクは踵を返して、いきなり走り出した。


「急に腹が痛くなった!! またな! マルリース!! 食事はまた誘いに来るからな!!」


「……」


 私はお辞儀もせず、無言で見送った。

 もうあの人は出禁にしよう。

 赤字になろうとも、もう取引したくない。



「姉上、昔から思ってたけど、なかなか個性的な相手に好かれるよね」


「うーん。私が来る前は花屋の娘さんを追いかけ回してたらしいから、また彼女のとこに戻らなきゃいいけど」


「あー。その方を守るために、ゴミを引き取ってたの?」


「これ、そんな言い方しちゃいけません。でも、リオネルがいてくれてよかった。リオネルがいなかったら、もっとしつこかったと思う。追い払ってくれてありがとう、助かったよ!」


「……。どういたしまして。弟じゃなかったら惚れてた?」


 にんまり笑って見下ろしてくる弟はマジイケメンである。

 確かに弟でなければ、かなり惹かれてたかもなぁ。


 ただ、私はどうやら恋愛音痴で。

 恋と言うモノがイマイチよくわからないから、惚れるという現象に自分が至るかどうかはわからないな。

 おっと、冗談に本気で考え込んでしまった。


「うん! かっこよかったよ! マジ惚れ惚れ。さすが私の弟! 自慢できーる」


「……そっか。ところで姉さんが焼いたクッキーとか久しぶりに食べたいな。昔、いっぱい焼いてくれてた」


「ああ、うん! いいよ。焼くのに時間かかるから、帰るの遅くなるよ?」

「ここから寮は近いし、全然大丈夫」


「そか。じゃあゆっくりしていって! というか私が作ったのでよければ夕飯も食べてって」


「ぜひ」


 ダンジョンはリオネルが一緒だったから半日で済んだし。1人なら数日採集に懸かってた。

 おまけに、フレードリクも追っ払ってくれたリオネルのリクエストに答えないわけにはいかないだろう。


 今はちょうど、夕暮れ前。

 よっしゃ、がんばるぞー!



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