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10 安心安全ダンジョン


「(そう思っていたのに)」


「……(あっというまに、『他人』から『弟』に戻ってしまった気がする。)」


 「リオネル? さっきから考え事?」


 ダンジョンの深層を目指している最中、リオネルがたまに何か思い浮かべているようだったので声をかけた。


「??」


「あ、ごめん。こんな場所でぼんやりするなんて」

「そうそう。ダンジョンの中で、ぼーっとするのは良くないわよ~。あ、それとも。ちょっと体調が良くなかったりする?」

「本当に大丈夫だよ。姉上」


 弟に頭を撫でられる。むむ。これはよろしくない。


「これ。いくら私より背が高くなったとはいえ、お姉様の頭を撫でるのではありません」

「はーい」


 明るい笑顔ね。

 彼の笑顔を見るたびに、私は安堵する。

 数年の間、疎遠になっていたのが嘘みたいだ。


 もうすっかり、もとの姉弟に戻れたと思って良いよね?


「姉さん、ここの下り坂は道が悪いから手を」

「ん? ありがとう。でもこんな道くらい平気だよ。なんなら1人でくることもあるし」 

「姉上……お願いですから、今後はダンジョンに1人で潜らないでください。……とにかく、手を」

「う、うん」


 手を取られる。ちょっと強引だけど、すっかりジェントルに育ったなぁ。


 リオネルは跡取りだものな。これから社交パーティも嫌と言うほど出ることになるだろう。

 こういったリードはもう癖のようなものなのかもしれない。


 リオネルと雑談しつつ、歩みを進めたが、魔物に遭遇することもなく、かなり深いところまで降りてきた。


しかし、ダンジョンで魔物に一匹も会わないだと?


「なんかおかしい。なにかヤバい魔物が出現しているのでは?」


と懸念を口にすると。


「えっとね。僕の気魄オーラで威圧を飛ばしてるんだ。だから向こうが避けてると思う」


 ……ヤバい魔物は弟でした。


 ◆


「あ! あったー!!」

「このオレンジっぽい鉱石?」


「うん。ほら、触ってみて」

「わ、ぷにぷにしてる!? これ本当に鉱石なの!?」


「そうだよー。面白いでしょ!」

「うん。これ作って何作るの?」


 私はその質問に、ノルベルトさんの反応を思い出した。

 これは言っても……大丈夫、か?


「……」

「どうして黙るの?」


「……お、おにんぎょうだよ」

「ふうん? 想像がつかないな?」


 既に何かを察したリオネルの目が細くなった。


「お人形の皮膚に使おうかと思って。触り心地がね、人間の皮膚っぽくできてね――あと、汚れても洗えちゃうっていうか」


「へー。たしかに、子どもはすぐに汚すもんね。着せ替え人形とかかな……?」


 リオネルの口調が、私を疑い、探りをいれる時のものになっている。

 とても落ち着いた口調……というか。喋る速度がすこし遅くなる……。


 私、悪いことしてないからね!?

 ちょっと話題に出しにくいアイテム作ってるだけで――


「あ、それいいかもね。人形の服も合わせて……そうか、脱がしやすいとか脱がしがいがあるとかの服のオプションも……」


 いけね。ちょっと口が滑った。

 リオネルの目が鋭くなった。

 こ、これは、もうこれは私を『クロ』だと判定している……!


「……脱 が し が い?」


「あ、なんていうか。ほら、少し難しいほうが、ち、知育になりそうじゃない!?」


「ふーん……? で、本当は何を作るのかな?」


 ニッコリ笑顔を浮かべてるが、私が都合の悪い話を口滑らしていることに感づいてる。


 ノルベルトさんといい、リオネルといい!! どうして私のやることに口を出そうとするのか!


「……わかった、全てを話そう。だが、ここでは駄目だ。鉱石を持てる限り回収し、工房の倉庫に収めたあとならば、姉もこの企業秘密を話そうぞ」


 企業秘密だと、商売だと念を押す。

 そして何よりも素材の確保が優先である。


「……ここで話して? さもないと……」


 しかしリオネルは、黒い笑顔を浮かべたまま、剣を一振りした。

 洞窟内に剣戟けんげきが弾け飛び、壁岩が破壊される。


「姉さんの欲しい鉱石、全部壊れるかも?」


「いやあああ!? 剣聖さまやめて!? 最悪、ダンジョンが崩れますよ!?」


「いっそ、それでもいいかもね。大丈夫。地上まで大穴開けてあげるから僕たちは死なないよ。大丈夫、風魔法でちゃんと連れて帰ってあげる」


 この国最高の称号の1つ『剣聖』を持ってるやつがダンジョンで暴れるな!?

 くっ……。しかし、剣聖さまが本気を出そうもんなら、本当にここの鉱石は全て粉々にされる!


 ここは私1人でも潜れる比較的安全なダンジョン。

 失うわけにはいかない。


 「ぢ、ぢつわね……」


 私は観念して、事情を話した。


 デジャブを感じ、ノルベルトさんのやはり呆れた顔が思い浮かぶ。





「そう……そういうことなんだね」


「う、うん」


「よし、破壊しよう……全て!!」


「いやあああ!! やめてえ!!」


 剣を軽く一振りしようとするリオネルに私は後ろからすがりついた。


 「……っ」


 すがりついたら、弟の動作がピタリと止まった。


「おねがいだよう! 起死回生を図るチャンスなんだよぉ!!」


 ギュッと抱きついて、涙目でリオネルを見上げる。

 引きつった顔のリオネルの顔がカーっと赤くなる。


「頼む、弟よ! そんな真っ赤な顔で怒らなくてもええじゃないか!? 剣を収めてくれよーう!」

「ま、真っ赤な顔って……そ、そんなに怒ってはないよ……。はあ、わかったよ、もう」


 リオネルは剣を収めてくれた。


「グラッチェ……! 弟よ!」


 私は涙目で麻袋を抱え、落ちてる鉱石をひろったり、ツルハシで岩をコツコツと砕く。


「言ってくれたら岩くらい切り裂くのに」

「鉱石まで一緒に切り刻まれそうだよ!?」

「そんなドジしないのにー」


 そんな事を話しをしているうちに、鉱石は麻袋いっぱいになった。


「ふいー」


 私は腰をトントン叩きながら、一息ついた。


「これで終わり?」

「うん。帰ろっか」


 帰り道もやはり、魔物は一切でなかった。

 なんだこの遠足。


 ちなみに1人でくる時は、家から何体もガーゴイルを持ってきて、それで対応してる。

 強敵の場合はガーゴイルを犠牲にして、脱兎。


 それをリオネルに言ったら、また溜息ためいきをつかれ、今度からは絶対にリオネルを呼ぶように言われた。

 いや、助かるけども……。

 剣聖様でこれから領地を2つ抱え、さらに卒業後、王宮務めもある貴方にしょっちゅう頼めませんからね!?


「じゃあ、またね。お礼はいずれまた」

「お礼なんていいよ。それより、店まで送るよ」

「え、大丈夫だよ」

「じゃあ、お茶でも淹れてよ」


 ダンジョンの前で別れようとしたら、店まで送ってくれるという。


「わかった。お茶だけは良いのがあるんだ!」

「うん。ふふ、楽しみ」


 結果として送ってもらって良かった。


 なぜなら、帰ると家の前に――。



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