「マルリース、すまない……。私の目が節穴だった!」
全てが片付いたあと、父は私に涙しながら謝った。
「いいえ、お父様。それを言うなら私も、何度か彼らの家を訪ねているのに彼女の存在に欠片も気づいておりませんでした」
「きっと、巧妙に隠していて、もとからマルリースに厄介な仕事だけを押し付ける
「いいかい、マルリース。私は今回、多額の金を奪い取った。さらにこの事は世間に知れた。二度とあの家にはまともな第一夫人は嫁いでこないだろう。そして彼らが手に入れたのは、学のない貴族夫人の何たるかも知らない妻だ」
「はい」
「見てなさい、そのうち彼らはきっと破綻する」
父は涙を浮かべて、私を抱きしめた。
傍で母もハンカチで目頭を抑えている。
「お父様、泣かないで」
私って愛されてるなぁ、と実感し、そんな父母の愛に、私は恵まれていると感じた。
唯一困ったのは、良い嫁ぎ先がもう残っていないという事だった。
17歳ともなると、めぼしい家門は婚約を決めてしまっている。
いろいろと考えた末、私はお父様に頼んだ。
「お父様、私、このリシュパン子爵家を出て独立します。なので……すこし資金をくれませんか? 学院卒業後、王都の土地を購入してそこで錬金術のお店をやりたいと思います」
「おお、もちろんだとも、マルリース。それに君の覚えた技術を活かすには悪い選択ではないね。私は応援するよ」
父は、
おそらく、浮いた結納金を私の独立資金にプラスしてくれたのだろう。
こうして私の家からの独立は決定したのである。
実は結婚なんて、ピンと来てなかったから、こっちのほうがいいや……と思いつつも長年の信頼を裏切られたショックはすこし引きずるほどには大きかった。
――それからしばらくしての事だった。
弟のリオネルが、長期休暇でもないのに全寮制の学院から帰ってきて――実に3年ぶりに話しかけてきた。
◆
「姉上、お久しぶりです。一時帰宅しました、リオネルです。……部屋入って良い?」
へ? リオネル??
声が違うぞ。あ、声変わりしたのか。
しかし、ずっと音沙汰がなかったのに突然話しかけられ、私は緊張した。
恐る恐る自室のドアを開けたら、絵物語から出てきたような金髪碧眼王子が微笑んで立ってた。
「……え、だれ??」
「わからない? ショックだな。リオネルだよ」
苦笑いしつつも、優しい声に
以前の子供っぽい雰囲気は消え去り、彼のまとう空気は静かで温和だ。
隠している額石がほんのり熱くなったように感じ、思わず前髪をいじった。
な、なんだこれは。
「あ……ど、どうぞ」
動揺して思わず、他人行儀になった。
「話は聞いたよ、大変だったね」
「あ、うん」
身近で顔を合わせるのも久しぶりだ。
背がとても高くなり、以前は同じくらいの目線だったのに、見上げないと目が合わない。
見慣れてくると、確かにリオネルだった。
大きくなったなあ……。
お父様とお母様の良いとこ取りをした美男子になっている。
雰囲気も無邪気な感じだったのが、すっかり落ち着いている。
……まあ、騎士科だものな。厳しい訓練を受けたら嫌でも落ち着くんだろう。
「姉上、その手紙の束は?」
「うん、捨てようと思って」
「クレマンのだね。……それが良いね」
ちょうど、クレマンから今までもらった手紙や贈り物をまとめていたところだった。
クレマンは結構筆まめで、手紙をたくさんくれた。
しかし今思えばそれは、私を第一夫人とするために、書きたくもない手紙を書いていたのだろう。
それを読んで心を温め、そして私も気持ちをこめて返信していたことを全部覚えている。
それを思い出すとつらくて、悔しくて涙がこぼれそうになった。
「姉さん……あのさ」
いけない、リオネルの前だった。
私は、目元をゴシ……と服の袖で拭いた。
「あ、ごめん。なにかな」
すると、リオネルが頭を下げた。
えっ。
「ずっと……本当にずっと、酷い態度を取っていてごめんなさい。こんな一言ではすまされない事だと思ってる。でもどれだけ時間をかけても僕は貴女と仲直りがしたい」
「――」
「もうそれなりにお互い大きくなってしまったから、昔みたいに駆け回るような遊びはできないけど、僕はまた、姉さんとまた話をしたり、出かけたりしたいし……。図々しくてごめん、でも本当にそう思ってるんだ」
それを聞いたら胸が震えた。
――リオネルと仲直りできるの!?
「も……もちろんだよ、リオネル!!」
クレマンの事を考えた時よりも、涙があふれた。
「私はずっと、リオネルと昔みたいに仲良くできたらって思ってたよ! 私の方こそ、ごめんね。私だってあの時上手く伝えられなくて。リオネルを傷つけたいわけじゃなかったんだよ、本当に……」
でも、あきらめてはいた。
口を利いてくれないリオネルは、様子を見て声をかけてもそっけなく、本気で嫌われてしまったのだと思った。
追いかけても嫌われるだけだと、いつしか何もアクションを起こさず、もう彼の幸せを祈るだけになっていた。
「良かった……。リオネルが許してくれて良かった……」
「姉上は何も悪くないよ。僕が悪かったんだ。本当にごめんね、姉上。あの頃、僕も姉上に振られたショックで、話したいのに気持ちはあったのに、どうしていいかわからなくなってた。……本当に、ごめん」
「だってリオネルあの頃は10歳だったでしょう。ショックを受けたらそうなってもおかしくないよ……。そんなに想ってくれてたのに、私は思いやりのない言葉を貴方に伝えてしまったんだね……私の方こそごめんね。もっと傷つけない言葉があったはずなのに……」
「いや、姉上は本当に何も、悪くないんだ。謝らないで」
そう言ってリオネルは、私をそっと抱きしめてくれた。
心のなかの、足りなくなっていた大切な何かが埋まる気がした。
お互い謝って、謝って、謝りたおして――最後は、どれだけ謝るの、とお互い笑いだした。
――クレマンのことは、とても悲しかった。
けれど、リオネルとこうしてまた、交流できるようになったキッカケとなったのなら、怪我の功名だと思えた。