※リオネルサイドです。
姉上に『弟としか思えない』と言われた僕は、ショックを受けて自室に飛び込み鍵をかけた。
――姉上と僕は、血がつながっていない……? 婚約したあとに……そんな事が発覚するか!?
「は、ははは……!」
何の冗談だ。全くおもしろくない!
なのに自分でも良くわからない感情の笑い声が口から
自分で自分のその笑い声を聞きたくなくて、両手で口元を抑える。
同時に目に涙も浮かぶ。
血がつながっていなかった事が今更発覚して、大事なチャンスを知らないうちに逃していた悔しさに気が狂いそうだった。
しかも、姉上に拒否された……混乱していたのだろうとはいえ、張り裂けそうに痛い。
「はは……」
この通り、僕は姉のマルリースが好きだ。
もともと僕は、彼女のそばにいるのが居心地よくて、ずっとついて回っているシスコンの弟だった。
姉は弟である僕をとても可愛がってくれて、困った時には助けてくれる頼りになる存在だった。
でも、その気持ちが恋心であり、彼女を守るべき存在として意識し始めたのは数年前――彼女の8歳の誕生日パーティのことだ。
両親が彼女の令嬢としての振る舞いが基準に達したご褒美として、同じ年頃の子供がいる貴族を招待し、初めての誕生日パーティを開いた。
姉は小さな頃から可愛らしく、パーティに呼ばれた近隣の令息も、彼女の気を引きたがった。
その年頃の男子というものは、貴族令息と言えどもまだやんちゃで、レディへのマナーも
その中でも、特に執拗だったのが子爵家の令息、ボニファースだった。
そいつは姉をしつこく追いかけ回し、最終的には彼女を庭園の小池に落としてしまった。
その日、早朝からセットした髪もドレスもぐちゃぐちゃになり、おまけに小池の石で足に何針か縫う切り傷を負ってしまった。
貴族令嬢として立派に振る舞おうと頑張っていた姉上ではあったが、抑えきれず泣いてしまった。
僕は見ていたのに、あっという間のことで怪我する前に助けられなくて、自分に腹が立った。
ボニファースを押しのけ、自分が来ていたスーツの上着を姉上に被せて、池から上がらせた時。
「……っ。リオ、ありがと……」
「……え、いや、その」
水に濡れて弱々しく泣いている姉が、僕に抱きついた。
「あ……ごめん。リオまでびしょ濡れに……」
抱き寄せた彼女の震える肩のか細さにドキリとした。
肩なんてしょっちゅう、触れてたはずなのに急にそう感じた。
「そんなの、いいんだよ! 姉上ごめん、僕は見てたのに助けられなくて。もう二度とこんな目に会わせないから」
姉上を小池に突き飛ばしたボニファースは、出禁までにはならなかったが、その後、我が家で行われるパーティには呼ばれなくなった。
他家のパーティで顔を合わせることはあったが、姉上のそばにはずっと僕がいてガードし、近づかせなかった。
それ以来、ずっと胸の内にこの気持ちを隠して恋い慕っていた。
だから、目の前で姉上の婚約が決まった時、どれだけ辛かったか。
指を
でも、血のつながった姉弟だから仕方ないと自分に言い聞かせて、彼女の幸せを祈っていたんだ。
それなのに、血が繋がっていなかったなんて……嘘だろ?
さらに――
――弟にしか見えない。
彼女の言葉に、現実を突きつけられた気がした。
わかってはいたことだし、当然だ。
では、諦めるか? それは否だ。
「姉上とは、一度『他人』にならないと駄目だ……」
一度距離を置き、大人の男になって帰ってくれば、彼女の僕を見る目が変わるかもしれない、と考えた。
――これから、今まで以上に自分に磨きをかけよう。
両親の様子を見るに、姉上が僕を好きになってくれれば、きっと婚約はなんとかしてくれるだろう。
例えば、僕がワガママを通せば、無理矢理にでも婚約を取り付けることはできるかもしれない。
だがその場合、姉上の僕への思いは、困った弟に対するもののままだろう。
むしろ、そんなことをすれば、嫌われるかもしれない。
そんなのは……いやだ。
そう思いながらも、姉上の言葉は思った以上にショックだったようで、次の日から彼女と話せなくなった。
僕にスルーされ、傷ついた顔の姉上を見て――守るべき相手を傷つけている自分の弱さに嫌気がさした。
両親にも叱られた。
ごめんなさい。
こんなことはしたくないのに、自分でも理由がわからないんだ。
――このままでは、駄目だ。
やはり、距離と時間を置かなくては。
「早く家を出よう」
そして自分を磨き、彼女にふさわしい男となって戻ってこよう。
彼女が許してくれなくても、罪として受け止め、一生陰ながら彼女に僕の全てを捧げよう。
ただ、もし婚約者から奪えそうなら……奪う。
その場合の賠償金を払えるよう、何か事業も考えないと。
頭がおかしいと言われても構わない。
それだけ僕はマルリースのことに固執している。
もし婚約者から奪えなかったとしても、僕の全てをマルリースに捧げるつもりだ。
――とにかく今は、まだチャンスが残っているはず。
ならば、『弟』というポジションを覆す。
そう思い至った僕は、全寮制学院のパンフレットを取り寄せると、両親に許可を取らずに入学を申し込み、家を出た。