私の婚約を白紙に戻す?
どうしてそんな事を言うの、リオネル。
「うん?」
「え、なんでよ」
「あらまあ」
首をかしげる父と私。
何かを察する母。
「血がつながってないなら、僕と結婚できるじゃない。僕と結婚してずっとこの家にいてよ、姉上」
「えっ」
そういえば、リオネルは結構なシスコンだった。
学校から帰ってくると、ずっと私の部屋に居座るくらい。
しかし、まさか結婚まで言い出すとは思わなかったぞ、お姉様は。
「戸籍が同じだから駄目なんだよ、リオネル」
お父様が、心を傷めたような顔で言う。
「えー!! じゃあ、僕か姉上のどっちかが親戚の養子になって、戸籍を移せばいいんじゃない?」
「そうねえ……。リオネルの言うような方法が、無い訳ではないけれど。困ったわね」
母も頬に手を充て困り顔になった。
理由にもよるが、やはり一度決めた婚約を覆すなど、家門の面目が立たない。
「もう婚約は決まっちゃったしなぁ。ただ……マルリースは、リオネルのことは好きかい? リオネルと結婚してこのリシュパン子爵家を一緒にやっていってくれるなら、お父様、なんとかしてみるよ」
「いや、そりゃ好きですよ? でも血の
私はこの家族を愛している。
だから、リオネルと結婚して家に残れるなら――とは思う。
けれど、養子だと発覚したばかりの私は内心とても動揺していた。
しかも、既にまとまった縁談を破棄するなんて、この家の実子ではない私が、そんな家門にダメージを与えること……なんて思うと踏み切れない思いだった。
こんな私でも、リシュパン子爵家の長女、である事に念持もあった。
そんな念持にヒビが入るような衝撃的事実を聞いたばかりで――弟との結婚を考えられる程、心の余裕があるほど大物でもない。
今となっては、別にリオネルとじゃあ結婚する~とか軽く言っても構わなかったかな、とは思う。
どのみち恋してる相手に嫁ぐ予定でもなかったし。
それに……私は恋愛音痴なのか、好きか嫌いかと問われても、自分でもよくわからないのだ……。
結局、そんな大ごとが発覚したばかりでは、柔軟に考えて伝えることはできなかった。
――そして、リオネルは私の言葉にショックを受けた。
「(がーん!)」
リオネルが、あんぐり口を開けて白目をむいた。
「リオネルー! しっかりするんだ!!」
お父様がリオネルの肩を揺らし、現世に魂を連れ戻そうとする。
「リオネル、ごめんね。でもお姉様のことを、真剣に考えてくれてありがとう」
私も真剣にリオネルに謝罪とお礼を伝えた。
しかし、その時のリオネルにはそれは拒絶の言葉に聞こえたようだった。
「(ごめんって言われたー!!)」
さらに涙目になる弟。
「マルリース、家門の傷になるんじゃないかて……とか考えたりしてない?」
お母様が、私とリオネルを交互に見たあと、私の胸中を察して聞いてくれる。
「ううん、それはないよ」
思ってる。思ってるけど、嘘をつく。
だって本当の娘でも婚約をやめる、なんて言い出しづらいのに……。
それに、この時の私は、婚約者と
「そうかい……? 細かい気遣いができなくて、すまないマルリース。 しかし全く思いつかなかったな。そうか、リオネルと結婚という手もあったなぁ。おまえが過ごしやすそうな良家との縁談をまとめてあげるんだ! と思って必死になってたよ」
「ありがとうございます。お父様は良い相手を選んでくださったと思っていますよ。それにさっき仰ってたではないですか。私が娘であることを、当たり前すぎて忘れてたって。とても愛してくださっている証拠です」
「マルリース、おまえはなんて良い子なんだ……」
お父様が私を抱きしめて頭を
うん、やっぱりこれが正解なんだ。
――しかし。
「……っ!!」
ガタンッ!!
大きな音を立てて、リオネルが立ち上がった。そしてそのまま無言で部屋を出ていった。
えっ。こんなリオネル初めて見た。
「リオネル……」
ひどく胸が痛んだ。
いくら自分のことでショックだったとは言え、もう少し柔軟に考えて、もっと彼の気持ちに寄り添った伝え方がなかったものかと、今でも思い出すたびに思う。
「ううむ。リオネルは重度のシスコンかと思っていたが、ガチ恋だったか……。可哀想だが、これも経験だな。せめて両思いでもないとお父様もこの婚約は動かせないなぁ」
「そうね……。私達の失態だわ。結構深刻な姉思いだったのね……」
「……リオ」
私はスカートをギュ、と握りしめた。
やっぱり胸がとても痛い。
「だが、失恋したところで、まだ10歳だからな。もうすぐ中等部にも通うし、学校には綺麗な貴族女子がいっぱいいることだし。振られたなら、そのうち姉こじらせも落ち着くだろう」
「そうですね……」
リオネルが、他の女の子と婚約……。
それはなんだか嫌だ……と感じたが、私もブラコンなところがあるのを自覚していたので、これは良くない、と自戒した。
しかし、この件でリオネルは相当傷ついてしまったようで。
次の日から、私を避け、会っても口を利かなくなってしまった。
そんな事は初めてだった。
その件は温厚でお調子もののお父様お母様も、彼を叱った。
しかし、仲直りできないままリオネルは、ある日突然、全寮制の学院へ行ってしまった。
私はそれを聞いて、目の形が変わるほど泣いた。……でも。
「リオネルが幸せな学院生活を送れますように……」
仲直りできなくても、嫌われても。
私はリオネルが大切だし、愛してる。
私は彼の幸せを、ずっと祈り続けた。