次の日、私は店に『Closed(くろーずど)』の看板を下げ、店の奥にある工房で奮闘していた。
「ムチムチムニー ムチムチムニー♪ ムチムチニー♪ 私は有能な錬金術師ー。ムッチムチムッチムチ~ 街一番の何でも屋さぁん~♪」
頭に浮かんできた謎の歌を歌いながら、人形作成をする。
「髪はブロンド、あとは美人さんにするには……スケッチ……。口の横にホクロとかあると色っぽいかもなぁ」
基礎となる部分は樫の木で骨組みを作り、あとは肉付けをする。
「皮膚は、ひんやりしないような素材でかつ丈夫なもの、そして腐らないもの……で柔らかく……あ」
――確か、鉱石なのになぜかそういう触り心地のものがあったはず!
名前は――『O're(オーレ)』。
あれを砕いて練って他の素材を合わせ練って、ドールの表面を覆えば、きっと人肌に近くなるはず!
「『O're(オーレ)』……『O're』がたくさん欲しいな……。今ある在庫だけでは試供品にするにしてもちょっと足りない……うーん」
どうせなら抱き心地最高の、人間と見間違うくらいの良い
その時、店のドアが開く音がした。
カランカラン、とベルが鳴る。
「マルリース、入るぞー」
男性の声がした。
この声はノルベルトさんだ。
ノルベルトさんは、この国の商売を牛耳っているいくつかの商家の一つ、モンテール商会の息子さんの1人。
えーと確か3男だったか4男だったか……それは忘れた。
跡取りではないが、この区画での商売を任されているらしい若様で、年齢は私より3~4こくらい上だったかなぁ。
ノルベルトさんは、この区画の店1件1件を丁寧に周り、相談に乗ったりしている。
だから、うちにもよく訪れてくれる。
たまに私が欲しい素材などを、格安で仕入れてくれたりするので、彼の存在には大変助けられている。
「あ~。ノルベルトさんー? 今、工房の方にいるの! 手が離せないのでご用事ならこちらへ~」
私は工房から店の方へと叫んだ。
「うーい、邪魔するぞ。今日は定休日でもないのに店が閉まってるから、ちょっと心配して様子を見に……なんだそれは」
工房入口のドアから、ダークブロンドの青年が笑顔を覗かせたが、私がドールを抱えているのを見て、次第に眉間にシワが寄っていった。
私が抱えている人形は、まだ上半身しか肉付けされていない。
しかし、その肉は自分でも自慢できるくらい、人間と見分けがつかない。
だが、事情を知らなければそうなるのも理解できる。
「人形を作っています」
「……ほう。オレは一瞬、この工房で殺人が行われているのかと思ったぞ。とうとう素材として人肉に手を出したのかと」
「怖いこと言わないでください!?」
「すまん、悪い冗談だったな。で、それはなんだ」
「人間そっくりの人形を作っています」
「まさに人間くらいデカい人形だが……なんのために?」
「思春期の少年の悩み、その一助となるアイテムを」
「……」
なぜ無言になる。そしてその不信感が宿った瞳はなんですか。
「何故か嫌な予感しかしない。――くわしく」
「失礼ですよ、真面目なアイテム作成ですよ!」
私はちょっとムッとしたが、お世話になっているノルベルトさんだ。
丁寧に詳細に、説明させて頂いた。
昨日、娼館のマダムと話しをして思いついた、素晴らしい人形のことを。
「――名前も決まってるんです! 『O're(オーレ)』鉱石から作られた、名付けてオーレ…オレ、『オレの嫁』!!」
――結果、ノルベルトさんが赤面して、私の両こめかみを拳でグリグリした。
「なんてものを作ってるんだ!?」
「痛い、痛い、痛い! なんで怒るんですかぁ!?」
「これはおまえを心配してるんだ!」
「こんなの心配じゃないですよ!! 解放してください!」
私がジタバタ暴れると、ため息をついてノルベルトさんは、私から手を離した。
「ところで、それはどうやって流通させるんだ」
「……それは」
私はノルベルトさんを、じ……、と見た。
「断る!! うちの商店には置かないぞ!! うちはそういう、いかがわしいアイテムは置かない!」
「ええ……。けち。まあいいです、本命は他にいるので。……あ、でもその前にテスターを募集したいのですが……(じー)」
「……テスター?」
「はい。完成したこのコの使用感などをですね」
「それをオレにやらせるつもりか!? というか、よくそんな事を直接の知り合いに頼めるな、おまえ!?」
「だって、ノルベルトさんいつも、親身に相談に乗ってくれるじゃないですか」
「そうだよ、商売相談だよ! だからって許容範囲ってものがあるぞ!」
「私は真剣なんです……! ノルベルトさんは商品の目利き……鑑定力も素晴らしいですので、ぜひお願いしたいです! 駄目ですか?」
私はキリッ! とした表情でノルベルトさんを改めて見上げた。
「断る!!」
ノルベルトさんは、キッ! とした表情で断固とした意志を見せた! くっ……!
しかし、ノルベルトさんの意見はぜひ聞きたい……。粘る!!
「またまた、ちょっと興味……ありません? まだ顔に瞳が入ってないし、髪もつけてませんが、顔立ちは良い子なのわかるでしょう?」
「そういう問題じゃない!? マルリース、店の経営が大変なのは、よくわかった。他のことなら何でも相談にのる。とりあえず頼むから人の心を取り戻してくれ!」
ノルベルトさんが、ちょっと涙目になってきた。
え。泣くほど嫌なの?
「なんですか、それ。まるで私に人の心がないみたいじゃないですか」
確かに半分、人間ではないのだけど。
「マルリース、おまえはそんなヤツじゃなかったはずだ」
「しょうがないですね……。じゃあ、どなたか、ちゃんと使い心地を答えてくれるような人を紹介してくださいよ」
「オレはそういうのは、やってないので!!」
うーん、
だめだこりゃ。
「困ったなぁ。あ、困ったといえば、試供品を数体作ろうと思ってるんですが、『O're(オーレ)』も足らないんですよね」
「はあ……。冒険者ギルドにでも依頼だせよ」
「結構タンジョンの深いところでしか採れないから、高いんですよ。お貴族様にでも流通できれば、そんなコスト気にしなくてもいいんですけどねぇ……(ちらちら)」
「……オレに工面しろと。『O're』は結構希少だぞ。少しなら流してやれるが」
「むむ、仕方ないですね……」
仕方ない。
自分で取りに行くかぁ……。
テスターも探さないと。
……やはり、マダム・グレンダ。
うん、そうだな。そうしよ。
マダムなら、この人形を試してくれる人を紹介してくれそうな気がする。
さて。ダンジョンに潜る準備するか。
お得にダンジョン潜るなら、弟に連絡して手伝ってもらうしかない。
と、そんな風に思考していると、ノルベルトさんが深い溜め息をついて言った。
「……まったく。えーっとだな。とりあえずオレも驚いて思わず拒否反応を示してしまった。すまん」
「え、どうしたんですか急に」
「冷静になってきたからだ。そうだな、とりあえず着眼点は悪くないんじゃないか。需要はあると思うぞ。そういった商品はまだ見かけたことがないから、成功すれば、おまえは
「いえーい!!」
「気が早い!! まあ……その商品は、うちの商店では流通させられないが、相談には今まで通りは乗る。ちょっと
「さすがノルベルトさん。つまり、この流れは、テスターを引き受けてくれるってことですね!?」
――しかし。ノルベルトさんは、にっこりと笑って。
こ と わ る。
そう言い残してその日は去っていった。
なんだよー!!
期待させやがってー!