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02 練習人形 『O’reの嫁』

 次の日、私は店に『Closed(くろーずど)』の看板を下げ、店の奥にある工房で奮闘していた。


「ムチムチムニー ムチムチムニー♪ ムチムチニー♪ 私は有能な錬金術師ー。ムッチムチムッチムチ~ 街一番の何でも屋さぁん~♪」


 頭に浮かんできた謎の歌を歌いながら、人形作成をする。


「髪はブロンド、あとは美人さんにするには……スケッチ……。口の横にホクロとかあると色っぽいかもなぁ」


 基礎となる部分は樫の木で骨組みを作り、あとは肉付けをする。


「皮膚は、ひんやりしないような素材でかつ丈夫なもの、そして腐らないもの……で柔らかく……あ」


 ――確か、鉱石なのになぜかそういう触り心地のものがあったはず!


 名前は――『O're(オーレ)』。


 あれを砕いて練って他の素材を合わせ練って、ドールの表面を覆えば、きっと人肌に近くなるはず!


「『O're(オーレ)』……『O're』がたくさん欲しいな……。今ある在庫だけでは試供品にするにしてもちょっと足りない……うーん」


 どうせなら抱き心地最高の、人間と見間違うくらいの良いドールを作ってやる……!!


 その時、店のドアが開く音がした。

 カランカラン、とベルが鳴る。


「マルリース、入るぞー」


 男性の声がした。

 この声はノルベルトさんだ。


 ノルベルトさんは、この国の商売を牛耳っているいくつかの商家の一つ、モンテール商会の息子さんの1人。

 えーと確か3男だったか4男だったか……それは忘れた。

 跡取りではないが、この区画での商売を任されているらしい若様で、年齢は私より3~4こくらい上だったかなぁ。


 ノルベルトさんは、この区画の店1件1件を丁寧に周り、相談に乗ったりしている。

 だから、うちにもよく訪れてくれる。

 たまに私が欲しい素材などを、格安で仕入れてくれたりするので、彼の存在には大変助けられている。


「あ~。ノルベルトさんー? 今、工房の方にいるの! 手が離せないのでご用事ならこちらへ~」


 私は工房から店の方へと叫んだ。


「うーい、邪魔するぞ。今日は定休日でもないのに店が閉まってるから、ちょっと心配して様子を見に……なんだそれは」


 工房入口のドアから、ダークブロンドの青年が笑顔を覗かせたが、私がドールを抱えているのを見て、次第に眉間にシワが寄っていった。


 私が抱えている人形は、まだ上半身しか肉付けされていない。

 しかし、その肉は自分でも自慢できるくらい、人間と見分けがつかない。

 だが、事情を知らなければそうなるのも理解できる。


「人形を作っています」


「……ほう。オレは一瞬、この工房で殺人が行われているのかと思ったぞ。とうとう素材として人肉に手を出したのかと」


「怖いこと言わないでください!?」


「すまん、悪い冗談だったな。で、それはなんだ」


「人間そっくりの人形を作っています」


「まさに人間くらいデカい人形だが……なんのために?」

「思春期の少年の悩み、その一助となるアイテムを」


「……」


 なぜ無言になる。そしてその不信感が宿った瞳はなんですか。


「何故か嫌な予感しかしない。――くわしく」


「失礼ですよ、真面目なアイテム作成ですよ!」


 私はちょっとムッとしたが、お世話になっているノルベルトさんだ。

 丁寧に詳細に、説明させて頂いた。


 昨日、娼館のマダムと話しをして思いついた、素晴らしい人形のことを。


「――名前も決まってるんです! 『O're(オーレ)』鉱石から作られた、名付けてオーレ…オレ、『オレの嫁』!!」


 ――結果、ノルベルトさんが赤面して、私の両こめかみを拳でグリグリした。


「なんてものを作ってるんだ!?」

「痛い、痛い、痛い! なんで怒るんですかぁ!?」


「これはおまえを心配してるんだ!」

「こんなの心配じゃないですよ!! 解放してください!」


 私がジタバタ暴れると、ため息をついてノルベルトさんは、私から手を離した。


「ところで、それはどうやって流通させるんだ」

「……それは」


 私はノルベルトさんを、じ……、と見た。


「断る!! うちの商店には置かないぞ!! うちはそういう、いかがわしいアイテムは置かない!」

「ええ……。けち。まあいいです、本命は他にいるので。……あ、でもその前にテスターを募集したいのですが……(じー)」


「……テスター?」

「はい。完成したこのコの使用感などをですね」


「それをオレにやらせるつもりか!? というか、よくそんな事を直接の知り合いに頼めるな、おまえ!?」


「だって、ノルベルトさんいつも、親身に相談に乗ってくれるじゃないですか」

「そうだよ、商売相談だよ! だからって許容範囲ってものがあるぞ!」


「私は真剣なんです……! ノルベルトさんは商品の目利き……鑑定力も素晴らしいですので、ぜひお願いしたいです! 駄目ですか?」


 私はキリッ! とした表情でノルベルトさんを改めて見上げた。


「断る!!」


 ノルベルトさんは、キッ! とした表情で断固とした意志を見せた! くっ……!


 しかし、ノルベルトさんの意見はぜひ聞きたい……。粘る!!


「またまた、ちょっと興味……ありません? まだ顔に瞳が入ってないし、髪もつけてませんが、顔立ちは良い子なのわかるでしょう?」


「そういう問題じゃない!? マルリース、店の経営が大変なのは、よくわかった。他のことなら何でも相談にのる。とりあえず頼むから人の心を取り戻してくれ!」


 ノルベルトさんが、ちょっと涙目になってきた。

 え。泣くほど嫌なの?


「なんですか、それ。まるで私に人の心がないみたいじゃないですか」


 確かに半分、人間ではないのだけど。


「マルリース、おまえはそんなヤツじゃなかったはずだ」


「しょうがないですね……。じゃあ、どなたか、ちゃんと使い心地を答えてくれるような人を紹介してくださいよ」

「オレはそういうのは、やってないので!!」


 うーん、かたくなだ。

 だめだこりゃ。


「困ったなぁ。あ、困ったといえば、試供品を数体作ろうと思ってるんですが、『O're(オーレ)』も足らないんですよね」


「はあ……。冒険者ギルドにでも依頼だせよ」


「結構タンジョンの深いところでしか採れないから、高いんですよ。お貴族様にでも流通できれば、そんなコスト気にしなくてもいいんですけどねぇ……(ちらちら)」


「……オレに工面しろと。『O're』は結構希少だぞ。少しなら流してやれるが」

「むむ、仕方ないですね……」


 仕方ない。

 自分で取りに行くかぁ……。


 テスターも探さないと。


 ……やはり、マダム・グレンダ。

 うん、そうだな。そうしよ。

 マダムなら、この人形を試してくれる人を紹介してくれそうな気がする。


 さて。ダンジョンに潜る準備するか。

 お得にダンジョン潜るなら、弟に連絡して手伝ってもらうしかない。


 と、そんな風に思考していると、ノルベルトさんが深い溜め息をついて言った。


「……まったく。えーっとだな。とりあえずオレも驚いて思わず拒否反応を示してしまった。すまん」


「え、どうしたんですか急に」


「冷静になってきたからだ。そうだな、とりあえず着眼点は悪くないんじゃないか。需要はあると思うぞ。そういった商品はまだ見かけたことがないから、成功すれば、おまえは先駆者パイオニアだ」


「いえーい!!」


「気が早い!! まあ……その商品は、うちの商店では流通させられないが、相談には今まで通りは乗る。ちょっと穿うがった目で見て悪かったよ」

「さすがノルベルトさん。つまり、この流れは、テスターを引き受けてくれるってことですね!?」


 ――しかし。ノルベルトさんは、にっこりと笑って。


 こ と わ る。


 そう言い残してその日は去っていった。


 なんだよー!!

 期待させやがってー!



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