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第6話:従姉妹、増える。甘やかす。

 ◇◇◇


「おねえちゃーん! おにいちゃーん!!」

「おお、こっちだ美希ちゃん」


 ぶんぶんと大きく手を振る少女が、駅の改札口を駆け抜けてきた。

 その姿は親戚の家に遊びにきた子供のようで非常に愛らしく、自然と頬が緩む。お出かけ用のカジュアルなシャツとショートパンツ姿から覗く白い肌は眩しさがあり、サイドテールに付けたハイビスカスを象った髪飾りがとてもよく似合っていた。


 そんなにこやか可愛い妹に対して、オレの隣にいる褐色肌のお姉ちゃんはというと……。


「ぬ~~~~……」


 大分ご立腹というか、「なんできさんココにおると?」と言いたくて仕方ないご様子である。


「お兄ちゃん元気にしてた?!」

「元気元気!」


「お姉ちゃんは……うんうん、日焼けしててもわかるくらい血色がよくなったね。いっぱい晴兎お兄ちゃんに甘えて慰めてもらったみたいでなによりなにより」

「……美希? あなた、よほど強制送還してほしいみたいね」

「前フリなしで家出したお姉ちゃんを心配して来た妹にそんな殺生な!?」


 オーバーリアクションで驚く美希ちゃんだったが、サササッと素早い動きでオレの後ろに隠れてしまった。


「なに? 晴兎は美希を庇うのかしら?」

「まだなんも言ってねえよ」


「えーん、おにいちゃーん、お姉ちゃんがいじめるよー♪」

「よしよし、ほんと怖いお姉ちゃんだよなー。でもごめんな美希ちゃん、オレはコイツの一番の味方だから、どれだけぶりっこぶられても出来ない事があるんだ」

「ちぇ~~」

「だから今の内に舐めた口聞いて済みませんでしたって全力で謝ろう。オレも一緒に土下座して寛大な処置をしてもらえるよう努力するから、な?」


「お兄ちゃん、見かけはイケてるはずなのに年上としては超カッコ悪いね」

「ふっ、この夏に味わえるであろう都会で過ごす一夏の楽しさを味わえるなら安いものだろ」


「……仲がいいのは良いことね。けれど、私の目の前で堂々とコントするのは止めてもらえないかしら。許す気も失せるわ」

「家出少女の癖に態度がデカイよお姉ちゃん」

「胸がああだから必然的にそう見えやすいだけだろ。腕組んで強調しちゃってるから尚更だ。でもな、あれには夢が詰まってるんだよ」

「あーあー、あたしもお姉ちゃんみたいだったら態度がデカくても許されたのかなー」


「ソンナニ……カエリタイノ?」


 とんでもないオーラと迫力で、大気が震え始める。要約すると怖い。


「ううん、全然。だって帰るならお姉ちゃんも一緒じゃなきゃ」


 漆黒の髪がぶわぁと浮き上がりかねないオーラを放ちながら目を赤色に染めていた真理那の怒りが、美希ちゃんが放ったその言葉でぷしゅるる~と抜けていく。

 美希ちゃんは決して適当に煽るだけ煽っていたわけではない。その胸には、家出していなくなった姉を心配して来た妹の真心が詰まっている。


「美希……あなた、そこまで私を――」

「だってお姉ちゃんだけ晴兎お兄ちゃんのトコ行くとかずっこい! あたしもお兄ちゃんと遊びたいし、東京で遊びたかったのに!! だからあたしを帰らせるならお姉ちゃんも一緒じゃなきゃ気に喰わないでしょ!」


「ヤッパリオハナシガ必要ノヨウネ?」

「はっはっは、相変わらず仲良し姉妹だなーお前らは」


 いつだったかの昔に見た同じような光景を思い出しながら、くそ暑い外にいるのが耐えきれなくなる前に、オレは喧々囂々な従姉妹達を引き連れてウチへと向かう。


「あなたも家出してきたって!?」

「そうそう」


 居間。

 氷で冷えたカルピスウォーターのコップをからからんと鳴らしながら、美希ちゃんが真理那に向けて頷く。


「それはダメよ。バカなことは止めてさっさと帰りなさい」

「お姉ちゃんさー、自分がどんだけ説得力のない状態かわかってる?」

「関係ないわそんなの。大体美希が家出する理由がないでしょうが」


 ――私と違って。

 そんな含みがたっぷりあるように感じられた否定の言葉は、しかし美希ちゃんにはまったく通用しないようだ。


「まあまあ、家出といっても建前みたいなもんだよ。お姉ちゃんは『晴兎のところにいるから』って教えてくれたけど、あたしの場合はお母さんに『友達のとこに泊まってる』って書き置きしたし」

「だからって……あなたは私よりずっとお母さんと仲が良いのに……」


「あたし、コレでもけっこう怒ってるんだよ? お姉ちゃんは昔から色々言われてきたけどさ、いくらなんでも今回はあんまりだよ。つか、お母さんもアレだけど親戚の人達の圧がヤバいよね。付き合いや情勢がどうとかよくわからないけど、夕凪家の問題をお姉ちゃんでどうにかしようなんて意味わかんな――」

「美希」


 さっきまで言う事を聞かない妹に困った姉といった様子だった真理那が、居住まいを正してぴしゃりと名前を呼ぶ。その視線が一瞬だけちらりとオレに向けられたような気がしたのは気のせいだろうか。ただ、その一言で美希ちゃんは「うぐ」と口をつぐんでしまった。


「もう、わかった、わかりました。あなたは私を心配してくれたのね……そこに関しては素直に嬉しいわ、ありがとう美希」

「…………お姉ちゃん」

「どうせあなたの事だもの。これ以上言ったところで大人しく帰るとは思えないし……拗ねてほんとにどこかへ行っちゃわれても困るものね」

「えへへ、さすがお姉ちゃん。わかってるー」


 己に対して理解が深い姉に笑いかけると、美希ちゃんは横で姉妹の様子を見守っていたオレの方へと向き直った。


「そんなわけで晴兎おにいちゃん!」

「おお」

「当分の間お世話になるからよろしくね♪」

「強情なお姉ちゃんの許可が下りてよかったな」

「ちょっと、別に私はまだ美希がココに居ていいなんて許可してないのだけど?」


 特段断る理由がない。むしろ断れない理由ならあるオレには、美希ちゃんが居座るのを咎められるはずもない。そもそもその原因はちょっぴり不服そうにしている真理那なのだからなおさらだ。


「オレんちなんだから、そもそも真理那が許可する必要はないだろ」

「そこは……そうだけど」

「それに話を聞いた限りじゃ、美希ちゃんはお前を心配してココまで来たんだし。誰かさんと違って制服姿で押しかけるなんて真似もせず、準備も整えてな」

「……くっ」


「え、お姉ちゃんまさか、制服着たままココに押しかけたの? ヤッバパネェ」

「行動力があるよな。家に帰ってきたら制服JKが出迎えた時は、そんなドッキリデリバリーしたっけかなんて思ったもんで――」


「うわぁ……えっちだー。えろえろだー。イケナイ大人の香りがするよー」

「そんなのしないわよ。この部屋からするのなんて晴兎の男臭い匂いだけでしょ」

「そうかなー? お姉ちゃんの匂いも少しはするみたいだけど――――はっ!? もしかして既に手遅れだったりするんじゃ!」


 がばっと立ち上がった美希ちゃんが、何かを確認するようにオレと真理那の近くを行き来したり、部屋のあちこちで小さな鼻でくんくんし始める。さながら縄張り内の匂いチェックをする犬のように。


「やっぱり!」

「何がやっぱり! よ。美希、部屋を嗅ぎまわるなんて女の子のすることじゃないから止めなさい。多少は片づけたけど、この家にはまだまだあなたの目の毒になるものがそこかしこにあるの。知らないうちに汚染されるわよ」

「こらこら人んちを汚染区域扱いすんな。それにお前こそその目の毒になるもの(本)とやらを普通におっぴろげてチェックしてただろうが」

「あら、中身を見ないと捨てていいものかどうかわからないじゃない」


 うそつけ。表紙の時点でわかるわ。


「なんか二人共、前より仲良しになってない?」


「そうかぁ?」

「まぁ、少しは変わってもおかしくないわね」


「むー、思わせぶりな。いや! そんなことより! ちょっとお兄ちゃん!!」

「ん?」

「なんでお兄ちゃんからお姉ちゃんの匂いがするの! 二人っきりでひとつ屋根の下でいるとか心配だなーなんて思ってたらコレだよもう!」


「…………する? 匂い」

「なんで私に確認するのよ。わかるわけないでしょ犬じゃあるまいし」


「あたしにはわかる……この匂いは長い時間触れ合ってないとつかないヤツだッ。あたしが駆けつけるまでそんなに時間経ってないはずなのに、もうお手付きに……」

「美希~? それ以上おバカに適当こと言ってると本気で怒るわよー?」


 頭に怒りマークを生み出しながら、にこやかに笑ってるようで笑ってない真理那の笑顔が拡散され始める。これはマズイ。


「なにさ。お姉ちゃんと晴兎お兄ちゃんだけにしたら心配じゃん! あたしだってお兄ちゃんが好きなんだから少しぐらい分けてよね」

「こ、こら美希」

「はっはっは、さすがにオレも分身の術は使えないなー。いやでもお色気の術ならわんちゃん」

「誰に使うのよ、だ・れ・に。……ちょっと美希あなた、何してるの」


 あぐらをかいてるオレの足にいつの間にかスリスリする美希ちゃんに、真理那の視線が突き刺さる。が、当の本人は全く意に介していないようで、むしろ猫みたいな口をしながら挑発的な態度をとった。


「あえて名づけるならまーきんぐだね。すりすり~」

「おー、よしよし。好きなだけウチにいていいからなー、お世話なら任せておけ」

「ごろごろ~♪」

「ふははは、愛い奴め」


「……まったく、そんな簡単に家出少女をお世話しようとするなんて。付き合ってられないわ」

「オレが簡単に世話するのを決めるヤツじゃなかったら、真理那もさぞかし困ってただろうけどな」


 真理那は「ふん」とそっぽを向いてしまったが、少しだけ美希をうらやましそうにしていたのは気のせいじゃあるまい。

 ストレートに甘えるのが出来ないヤツだからなコイツは。


 それと、アレだ。

 可愛い妹が自分よりもオレの方に懐いてるっぽいのが面白くないんだろう多分。


 なにはともあれ、こうして家出娘従姉妹が一人。ウチに増えた、夏の日であった。


「それじゃ話も終わったところで何して遊ぼっか! あたし、マイゲーム機なら持ってきたよー」

「おっ、それじゃあ今からソレで遊ぶか」

「待ちなさい晴兎。ゲームで遊ぶのは構わないけど、明日以降のお出かけをどうするかは忘れちゃだめよ。そっちの方が先に決まっていたんだから」


「やったーおでかけだー! あたしも行くー!」

「はっはっはー、美希ちゃんも楽しめるプランを考えとかないとな」

「……まあ、いいけど」


 それからは屋内遊戯でバカ騒ぎしつつ、雑誌やネットを参考にプランを練る時間に一日を費やした。

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