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第4話(Ⅲ):誰にも咎められることのない自由すぎる一日

 待つこと、うん十分。


「お待たせ」


 最初見せてくれたボーイッシュな格好に着替えた真理那から紙袋を受け取りつつ、次は二人でショッピングモールを気ままにぶらぶらする。

 必要そうな日用品他を買い足したり、真理那が目を惹かれたお店の商品を眺めたり、フードコートでまったりしながらスイーツを食べたり。もやが立ちのぼる熱気から隔絶された快適空間は、大変涼しくて居心地がよい。


「カスタードイチゴ&チョコアイスバナナクレープはどうだ?」

「まあまあね」


 その感想を翻訳すると「かなり美味しい」となる。

 ストレートに言えば良いのに、クールな従妹様は少々捻くれていらっしゃる。


「そろそろお昼ご飯にする?」

「クレープをはむはむしながら訊く事かね。腹の中がスイーツに刺激されてもっともっとーって訴え出したか?」

「あら、このあとお昼だなーってタイミングで食べるスイーツは格別よ。ちょっとした背徳感があって」

「ふっ、甘いな真理那。本当に背徳的な行為ってのはな、お昼ご飯で満たすべき腹をふわふわのクレープだけでいっぱいにするようなもんを言うんだよ」


「でぶ一直線だし、途中で飽きるでしょソレ」

「ちっちっちっ、クレープには甘い物だけじゃなくてしょっぱいのだってあるんだぜ」

「種類豊富な特産品みたいに説明されても、ね。この辺りの名物ってクレープだったのかしら?」

「お茶か肉うどんだなぁ、地域的に」


「都会っぽくないわね」

「どっちも特集組まれるくらいに有名だぞ。近所に専門店だってあるんだ。ちょっくら食いに行ってみるか?」

「うどんか……いいわね、行ってみましょうか」

「よしきた。食べごたえ抜群だぞ」


 オレ達はバイクにまたがって、近所のうどん屋さんへと向かった。

 現地に到着すると和風な昔懐かしさを感じる老舗の前にはそこそこの人が並んでいたが、人の回転が速いのか割とすんなり肉うどん様にありつけた。


「はぐっ、んっ、んぅ。なるほど、これは食べごたえがあるわね」

「だろーう?」


 一本一本が太く大きめなうどん麺はツルツルズルズル啜るというよりも、一~ニ本をしょっぱめのつけ汁にひたしてからよく噛んで食べる形となる。どんぶりに入ってないのが盛りうどんっぽいが、個人的にはつけ麺に近いと思う。

 この手作り自家製肉うどんは麺の量を最初に段階的に選べるので、自分の腹具合に合わせて少なくも多くも出来るのがいい感じである。


「んぅ、あふっ……はむあぐ……はぁ、はぁ……汁が飛び散らないようにするがちょっと大変ね。ちゃんと噛まないと呑みこめないし」

「…………」

「なにか言いたそうね」

「いや、わざとやってるわけじゃないんだなと」

「……はぁ?」


 ただ単にはふはふんぐぬぐ食ってるだけのはずなのに、真理那が無駄に艶めかしく不思議なうどんマジックが発動している。代謝がいいのか薄ら発汗した状態で軽く髪をかきあげながら食べると、率直にいってうなじがイイ。


「ねえ、髪くくってもらってもいい? 食べる際に気になるから」

「あいよ」


 渡されたヘアゴムで簡単に髪をくくってやると、肌白さの残る乱れた後ろ髪とうなじが剥き出しになった。途端に瞬間的だった魅力上昇はフラットへ。不意に目に入るからうなじはいいもんなんだよなうんたらかんたら。


「うんうん、ゆっくりいっぱい食っていいからな」

「……そんなに入らないわよ」


 その後。

 食べ終わったらすぐに「ごちそーさん」と告げて外に出ると真理那が感想を口にした。


「とっても美味しかったわ。でも、汗かいちゃった」

「あったかいのだったからな」


 冷たいメニューがないわけじゃないんだが、肉うどんはやはり温かいのがイイ。ただ真理那が服を張りつかせるほどに程に汗をかくとは思わなんだ。


「ほい、タオル」

「ありがと。はぁ~~、少しはびちゃびちゃの不快さがマシになるわ」

「びちゃびちゃになるほど熱くなったのか。汗冷えにならないようよーく拭いとけよ。終わったら返してくれ」

「…………変態」

「タオルを渡しただけでHENTAI扱いは悲しいぜ?」

「言い方がなんかいやらしいし、私の汗が沁みたタオルでナニするつもりよ」

「そう言われると、なんか興奮する」

「うっっっ、想像したらゾワッときたわ。ねえ、私はまだいいけど他の女の子には絶対それ言っちゃだめよ。あと、食事中にジロジロ見るのも禁止」


 バレてたか。別に隠すつもりもなかったが。


「ハッハッハッ、じゃあタオルはそのまま真理那が使ってていいぞ。さーてと、腹も満たされたし、お次は涼しいところで遊ぶぞ!」

「自由ね。それともさすが遊び人というべきかしら? 晴兎はほんとに立ち止まることを知らないのね」

「夏休みだからな」


 それから俺達は、近所の遊び場を廻った。

 ボーリング・ビリヤード・バッティングセンター、ゲーセンにカラオケ。ちょっと珍しいのだと屋内スケート場なんてのもあったが、さすがに夏用の服しかない状態では寒すぎるためまた次回となった。


 今は、市内の大きな緑地にある自然公園とと並んでいる貯水池――景観の美しい湖から見える沈みそうな夕陽を堤防上から眺めている。夏の日は長く、他の季節であればとっくに暗くなっている時間帯であっても夜にはならない。

 聞こえてくる夏の音はいつの間にかヒグラシのものへと変わり、不思議な郷愁感を強めていく。


「たった一日だけのはずなのに…………ん~~~、解放感がすごかぁ~」

「ちったあ楽しめたかよ」


 ぐぐーっと身体を反るように伸ばす真理那が、正面の湖に向けていた視線を隣に立つオレの方へと移動させる。涙ぼくろの位置は下がり、キツめだった顔つきは幾分か柔らかくなっていて、従姉妹の気晴らし度合いを現わしていた。

 ふふっと口元を緩ませる従妹の視線の先に映っているのは湖か、遠くに見える堤防を走る車か、それとも夕焼けの向こうにあるものか。


 その答えは、ぽつぽつと語りだす言葉に含まれていた。


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