文字通り、
現晋公の名は
重臣たち
「昼に酒宴をすると、儀だなんだと、うるさいやつらがくる」
州蒲が士匄や欒黶を見回しながら口を尖らせた。朝政が終わり、州蒲の私室である。といっても、彼の私室は宮殿の内側、膨大なそれぞれの堂ほとんどを示す。今、彼らはその一室、私的な応接間にいると思えば良い。
「
士匄は肩をすくめながら言う。『僕大夫』とは現代で言う侍従長のことで、
「余はかたっくるしい宴席なんぞやりたくもない。何か考えろ」
州蒲が脇息にもたれかかってため息をつく。欒黶が
「
と軽薄に投げた。士匄は考えるそぶりもしなかった。このようなこと、特別奇をてらっても仕方がない。
「日が傾くまで時間を潰すことですな。まあ、無難なところで弓か詩でしょう。我が君は体を動かすと、頭を動かすはどちらがお好みで?」
「頭は嫌だ」
州蒲の消去法で、決まった。
この、弓遊びに関して、詳細を記する意味はない。あえて言うなら、集中力の無い欒黶はよく的を外し、そそっかしく注意力の無い晋公州蒲も的を外しまくった。士匄の一人勝ちだった、ていどであろうか。
射場にいても、高い青空を鱗のような雲が彩り、赤や金に染まった紅葉の木々と相まって目を楽しませる。菊も盛りであるといわんばかりに、爽やかな香りがただよっていた。
「今年はとみに菊の香りが良いことで。菊の世話に長けた女官でも入れましたか、
そろそろ日も傾いたころ、士匄は州蒲に問うた。
「まあ、頭の良いものがきた。それやもしれん。そうだな、酒に菊でもいれるか」
州蒲が感慨もなさげに答える。彼は細かいことまでいちいち覚えておらぬ。
「俺は酒が飲めん。
欒黶がもう終わり、と弓を投げだして言った。州蒲は、かまわん、と度量の広い君主づらをして言う。
「……菊茶といえば。
士匄は侍っていた寺人たちに弓や矢を片付けるよう命じながら、州蒲に笑みを向けた。いじくそ悪い笑顔であった。州蒲が、吹きだし、腹を抱えて笑う。
「は!?
州蒲は早口でわめきたてながら、笑い続けた。士匄はよもやここまで
「しかし、君公の財産です、いかがなされます?」
士匄は内心哀れみながら小馬鹿にしつつ、指摘した。
「余は
再び、度量の広い君主づらをして州蒲が得意げにのたまった。欒黶が、せこい、我が君せこい、と手を打って笑った。この、とんでもない不敬な態度を咎められないのは、やはり欒黶の不思議な愛嬌なのだろう。
さて。この韓無忌のネタは、宴席をおおいに盛り上げた。しかし、第一義は女官のお披露目、否、自慢である。
「先代からの数少ない女官ばかり、ぶっちゃけ年増ばかりが余の世話をする。しかし! 新たな女官は若い! 目の保養だぞ」
十代後半から二十才そこそこの女官たちに宴席を設けさせ、侍らせ、まずは州蒲が勢いよく酒を呑んだ。
この当時の酒は、香草や生薬と混ぜて呑んでいる。儀礼的な意味が大いにあったのであろうが、原始的で雑菌の多い酒であり、食中毒も防止していたようだ。この時も香草をふんだんにいれた酒であった。宣言通り、菊も入れた。菊の花も、薬草のひとつであった。
さて。生薬独特のツンとした刺激臭と、酒精の甘さが入り交じったそれを士匄は一息に飲み干し、空の杯を見せた。州蒲が頷き、同じように飲み干して杯を見せる。飲むときは一息に、主客同等に飲む。まあ、そういった価値観が形になり、このような習慣になっていると思えば良い。儀礼というほどでもない。大学生のビール一気飲み大会と変わらない。もちろん、下戸の欒黶は菊茶である。が、手拍子で囃したり、景気の良い合いの手を打つなど、ほとんど酔っ払いである。雰囲気酔いであろうが、かすかに漂う酒精にやられるほどの下戸なのかもしれない。
「東国は良き商人が多い。女官に相応しい奴隷を頼んだら、ほらこの通り」
州蒲は手を広げ、部屋内の女たちを自慢する。統一性より、多様性を求めたらしい。背の高い女、低い女、色素の薄い女、濃い女。東西南北、と士匄は思った。欒黶に侍り、茶や料理の世話をする女は、肉感的で顔も濃い。所作がまだ馴染んでいないらしく、どこかたどたどしかった。元々宮中などではなく、ちょっとした富裕層に売る予定だったのかもしれなかった。
「……牛かよ」
動くたびに欒黶の腕にあたる豊かな胸を見て、士匄は呟く。なにやらバカバカしくなっていた。
まず、宴席において酒を注ぐのは介添えか主人である。女が酒を注ぐなど、私的で内輪な場を想像してしまう。つまり、州蒲の家庭にお邪魔しているようないたたまれなさがあった。もしくは、品性の無い酒乱の行い。たとえば、はるか昔に
「恐れ入り奉ります。
傍らに侍る女官が美しい拝礼と共に言った。こちらは、典雅さが板についている。この女は、士匄が微妙に興ざめしていることに気づいたらしい。
「晋公さまは良き
そっと小声で言祝ぎし、さらに、
と、士匄にだけ聞こえるような声で、静かに吟じた。国君が賢臣を求め訪ねる
士匄は女の顔を見た。意志の強そうな眉と、知的な瞳が印象に残る、整った顔であった。