……時折、森のどこからか銃声が聞こえてくる。
私とティアナは銀狼さんからの言いつけを守り、家の中に閉じこもっていた。
窓という窓は板で塞ぎ、ベッドの上で身を寄せ合う。
「銀狼さん、大丈夫かな」
「銀狼さんは強いので、きっと大丈夫です。この家のかまどに生えていた木も、あの人があっという間に引っこ抜いてくれたのですよ」
「え、素手で抜いたの?」
「そうです。その時は、屋根までひとっ飛びだったのですよ」
「すごーい……」
「あとは、この家の周りに生えた草を一瞬で刈ってくれました。それで手が傷だらけになったら、舐めてくれとか言うのです」
「ええ……コルお母さん、それ、舐めてあげたの?」
「とんでもない。丁重にお断りしました」
小さな体を震わせるティアナを抱きしめてあげながら、その不安を少しでも軽くするように、わざと面白おかしい話をする。
願わくは、この嫌な時間が一刻も早く終わりますように。
……そう祈ったまさにその時、家の近くで銃声がした。
ややあって、家全体が揺らめくような不思議な感覚に襲われる。
「コルお母さん、今の、何?」
「なんでしょうか……」
そう言いつつも、私は気づいてしまった。
銀狼さんがこの家にかけてくれていた目眩ましの魔法が、解けてしまっていることに。
まさか、彼の身に何かあったのでしょうか。
「……どうしたの?」
「なんでもありません。銀狼さんが悪い人たちをやっつけてくれるよう、祈りましょう」
胸の中に生じた一抹の不安を悟られぬよう、私は必死に平静を装ったのだった。
……それからどれほどの時間が経ったでしょうか。
どこからともなく、人の声が聞こえてきた。
「お前が見たっていうでかい狼、本当にこっちに逃げてきたのか?」
「ああ、一発は間違いなく当たったんだ。そう遠くには逃げてないはずだぜ」
「本当かよ。これで見つからなかったら、ただじゃおかねえからな」
それはどうやら男の人で、人数は少なくとも三人。その会話の内容からして、間違いなく密猟者たちのようだ。
「……おい。こんなところに家があるぞ」
そんな声が聞こえた時、私とティアナは同時に体をこわばらせた。
「昔の猟師小屋か? それにしちゃ、立派だな」
そんな会話とともに、足音が近づいてくる。
彼らがこの小屋の存在に気づいたということは、銀狼さんのかけた魔法は間違いなく解けてしまっているということ。
「ティアナ、戸棚の中に隠れてください。決して声を出しては駄目ですよ」
「で、でも……」
「いいから早く」
ささやくように言って、ティアナを戸棚の中に押し込む。この子だけは守らなければ。
その戸棚を閉めた直後、扉が乱暴に開かれた。
私はこの時ほど、あの扉に鍵をつけておけばよかったと思ったことはなかった。
「……なんだ。開くじゃねぇか」
「おい見ろ、女がいるぜ」
私が部屋の中央で固まっていると、男性三人がどかどかと足音を響かせながら家の中へ入ってくる。三人が三人とも、その手に猟銃を持っていた。
「なあ、あんた、ここに一人で住んでんのか?」
「そ、そうですが、あなたたちは?」
「見ての通り、しがない猟師さ」
「獲物を追って、こんな場所までやってきちまってね」
彼らはそれぞれ言いながら、じりじりと距離を詰めてくる。
「この森で狩りをするには、村の長老さまの許可がいるのです。許可は取ったのですか?」
もちろん、これは口からでまかせだ。あの村にそのような決まりはない。
「ははっ、そんなもん、知るかよ」
私の言葉を聞いた三人はせせら笑い、それから一様にいやらしい目つきで見てくる。
「それにしてもお嬢さん、なかなかに美人だな」
「一人暮らしじゃ、人が恋しいだろ」
「俺たちが久しぶりの話し相手になってやってもいいぜ」
好き勝手なことを言いながら、なおも近づいてくる。
私も身の危険を感じ、反射的に後ずさりますが、すぐに背中が壁に当たってしまった。
ですが、これも作戦のうち。もう少し近づいてくれれば……。
そう考えつつ、私は後ろ手に隠し持った袋を握りしめた。
「コルお母さんに何をするつもり!?」
……その時、戸棚の中に隠れていたはずのティアナが飛び出してきて、密猟者たちに向かって叫んだ。
おそらく戸棚の隙間から様子をうかがっていて、耐えられなくなったのだろう。
……隠れていなさいと言ったのに。この子は。
「あ? なんだ、このガキは」
「おいおい、子持ちかよ」
そんなティアナを見て、彼らは困惑した様子だった。
こうなってはやむなしと、私は大きく息を吸ってから、持っていた袋を床に叩きつけた。
「ぶわっ!? な、なんだ!?」
次の瞬間、部屋の中が真っ白い煙に覆われる。
この袋の中には、とある木の実を乾燥させて粉にしたものが入っている。
その粉末は大変軽いので、長時間空気中を漂います。このような室内では、一種の煙幕のようになるのだ。
薬草学の本に小話として載っていたものですが、いざという時のために作っておいて正解だった。
「くそ、あの女、何しやがった!?」
「な、何も見えねぇ!」
大混乱に陥る三人をよそに、私は行動を起こす。
身を低くして密猟者たちの間を通り抜けると、そのままティアナを抱きかかえ、出口に向かってひた走る。
半ば体当たりするように扉を開けると、そのまま目の前の森に向かって駆ける。森に飛び込んでしまえば、こっちのものだ。
……その時、銃声がした。
直後に私の眼前にあった木の枝が弾け跳び、思わず足を止めてしまう。
「よーし、そのまま動くなよ」
「女のくせに、やってくれるじゃねぇか」
ティアナを抱えたまま振り返ると、密猟者たちが家から出てくるところだった。
三人が三人とも、銃を構えている。
「娘はそっちに置いて、お前だけこっちに来い。なーに、悪いようにはしねぇよ」
舌なめずりでもしそうな勢いで、一人の男性が前に歩み出る。彼が密猟者たちのリーダーなのだろうか。
「コルお母さん……」
「大丈夫です」
不安顔のティアナを一度抱きしめてから地面に下ろし、私はゆっくりと彼のもとへ近づいていく。
ティアナにはああ言いましたが、正直なところ、これ以上打てる手はなかった。
「子持ちにしちゃ若いよなぁ。あんた、いったいいくつ……」
その無骨な手が私の肩に触れようとした……まさにその時。
私と彼の間に、銀色の巨大な壁が割り込んだ。
「……ぐあ!?」
その言葉を最後に、男性は一瞬で吹き飛ばされ、近くの木に激突して動かなくなった。
「……我の花嫁に指一本でも触れるでない」
そして次の瞬間、私を心の底から安心させてくれる声が聞こえた。