そして、その日の午後。
予定通り、ゴローさんに教えてもらった花畑へと足を運ぶ。
「わー、すごーい!」
小川へ向かう獣道を少し逸れると、彼が言っていた通り、日当たりのいい場所があった。
そこ一面に、無数の黄色い花が咲き誇っていた。
「……これはすごいですね。全部、リックの花じゃないですか」
小走りに花畑へ飛び込んでいくティアナの背を見ながら、思わずため息が漏れる。
これは私の家名であるヘンドリックの由来にもなっている花で、村の中ではめったに咲いていない。それが、こんなにたくさんあるなんて。
「コルお母さん、これで冠作れる?」
「冠……花の冠ですか? 作れるとは思いますが」
リックの花の茎はシロツメクサに似ていて丈夫なので、編むのは可能だと思う。
ただ、数が少ない花なので、私も実際に作ったことはなかった。
「じゃあ、手伝ってー」
すでに何本かの花を手にしたティアナからせがまれ、私は花畑の中に座り込んで花の冠を作り始める。
花冠を作るなんて、小さい頃に母とやって以来だった。
まず、リックの花を二本束ねて芯を作り、茎が上にくるように巻きつける……。
その工程を思い出しながら、ティアナと一緒に花の冠を作っていく。
「あ、折れちゃった……むずかしい」
「少し時間を置いたほうがいいかもしれませんね。そうしたら、折れなくなります」
「……楽しそうなのはいいことだが、この花、食べられはしないのだろう? 無意味ではないのか?」
一方の銀狼さんはあまり興味がないのか、私とティアナが作業するのを隣に座って眺めていた。
「確かに食べられはしませんが、決して無意味ではありませんよ。これはいわゆる、家族の時間です」
「家族の?」
「そうです。家族の愛情を育むには、このような時間も必要なのです」
かくいう私も、かつて母から教わったことをそのまま伝えているだけなのですが。
「というわけで、銀狼さんも一緒にやりましょう。こうして、こうです」
「こうか……? むう、千切れた」
「銀狼さん、力入れすぎー」
「本当ですよ。これだから男の人は」
「あ、案外難しいものだな……」
……そんなふうに四苦八苦しつつも、私たちは三人で力を合わせて、花の冠を完成させる。
「やったー! できたー!」
ティアナはできあがったそれを、嬉しそうに頭上高くへと掲げた。
「花を編みこむだけで、立派な冠ができるものだな」
「はい、銀狼さん!」
そしてその冠を、精一杯背伸びをして銀狼さんの頭へと載せた。
「……これを、我に? 自分で被ればいいのではないか?」
少し驚いた顔でそう言った銀狼さんの言葉を、そのままティアナに伝える。
「森の主さんだから、王冠は必要だよー」
すると満面の笑みを浮かべながら、ティアナは言った。
そんな彼女の言葉に、私は胸の奥がとても温かくなった。
……彼女が知っているかはわかりませんが、リックの花の花言葉は『家族の絆』なのです。
私たちはここで改めて家族になれたような、そんな気がした。
◇
……その後は暖かな午後の日差しを浴びながら、元の姿になった銀狼さんと三人で穏やかな時間を過ごす。
「銀狼さん、もふもふー」
「もふもふですねー」
私とティアナは、左右から銀狼さんを挟むように抱きついている。
「コルネリアよ、これも先程言っていた、家族の時間なのか?」
「そうです。家族の時間に、もふもふは大事です」
「大事なの!」
「お前たち、似たもの同士だな。こうなると我は動けぬのだが」
「動かなくていいのです。父親は、家族との時間を大切にするものです」
「そんなものなのか?」
「そうです。動物の父親は育児に関わらない場合もありますが、人間は違います。妻や子どもは、命に変えても守るべきです」
「命に変えても……か。わかった。肝に銘じておこう」
半分まどろみながら、そんな会話をする。
風は心地よく、リックの花のかすかな香りが鼻孔をくすぐる。このまま眠ってしまいそうだった。
「……せ、先生さん! よかった! まだここにいてくれましたか!」
その時、聞き知った野太い声がした。
けれど、その声はどこか苦しそうだった。
ただならぬ気配を感じて体を起こしてみると、そこには肩を血に染めたゴローさんが必死の形相で立っていた。