「……よっこらせ。先生さん、これでいいんですかい?」
「ゴローさん、ありがとうございます。それでは、人に見られる前に戻りましょう」
先日ティアナと約束した通り、大量の木の実や果物を用意し、夜のうちに村の入口へ運んでおく。
しばらくはこれでなんとかなるはず……そう考えながら、私たちは森の中へと戻ったのでした。
◇
そんな第二の花嫁騒動から二週間ほどが経過し、森は再び静かな日常を取り戻していた。
「銀狼さん、もふもふー」
「ティアナよ。いつまでもくっついていられると困るのだが」
一緒に暮らすようになって、銀狼さんとティアナはすぐに打ち解けた。
今日も私が午前の診察から帰ってくると、二人仲良く庭で寝転んでいる。
「ティアナ、銀狼さんといつまでも遊んでいないで、一緒にお勉強してください」
「わかった……コルお母さんは何するの?」
私に対する呼び方も、いつしか『コルお姉ちゃん』から『コルお母さん』に変わっていた。
そう呼ばれるたび、くすぐったいような、不思議な気持ちになる。
「私はお昼ごはんを作ります。ごはんができるまでの間、銀狼さんとお勉強を頑張ってください」
扉を開けながら言うと、ティアナは渋々といった様子で起き上がり、私の後ろについてくる。
それに少し遅れて、銀狼さんも人の姿になって家の中に入ってきた。
二人が机につくのを確認して、私はかまどに向かう。
ティアナは自分の勉強の傍ら、銀狼さんの読み書きの先生もしているのだ。
彼女の祖母が元教師だったということもあり、ティアナは村の子どもでは珍しく、読み書きができた。
銀狼さんの通訳として、時々私が間に入る必要はあるものの、まさかの師弟関係が成立していた。
この関係のおかげで、二人の距離が一気に縮まったと言っても過言ではない。
『ティアナよ。ここはこれであっているのか』
「こっちは正解。けど、こっちはちがう」
銀狼さんが示したメモを見たあと、ティアナはそう言いながらマルとバツをつけていく。
最近になって基礎的な文字を覚えた銀狼さんは、筆談でティアナとやりとりすることができるようになった。
これで言葉が通じなくても、ある程度の意思疎通は可能だと思う。
「いやー、いい匂いですな。これはきのこですか」
ぐつぐつと鍋が煮立ってきたころ、クマのゴローさんが窓から顔を覗かせた。
「ゴローさん、こんにちは」
「なんだ、ゴローか。勉強の邪魔をするでない」
その姿を見たティアナが挨拶をする一方、銀狼さんはそっけない態度だった。
ゴローさんは見た目がかなり怖いので、それこそティアナも最初は怖がっていた。
けれど、すぐに優しい性格だとわかり、今は彼の背に乗って遊びにいくことすらある。
彼女も森の子として、立派に成長しているようだった。
「ゴローさん、どこかにお出かけですか?」
「リスたちから森の南に、たくさん栗が生っている場所があると教えてもらったんですわ」
「そうなのですね。ゴローさん、栗拾いに行くそうですよ」
「いいなぁ、わたしも行きたい」
ゴローさんの言葉をティアナに伝えると、羽ペンを指先で弄びながらそんなことを言う。
「少し遠いんで、さすがに無理ですなぁ。たくさん採れたら、おすそわけしますわ」
彼は苦笑しながらそう言って、私もありのままをティアナに伝える。彼女はあからさまに肩を落としていた。
「そうがっかりしないでくだせぇ。そうだ。この間、ここから小川に向かう途中に花畑ができているのを見つけたんです。お昼からは、そこに行ってみては?」
「お花畑ですか? 以前探索した時にはそんなもの、ありませんでしたが」
「近ごろは温かいですからねぇ。ちょうど日の当たる場所があって、一気に咲いたんじゃないですか。まぁ、気が向きましたら」
そこまで言って、ゴローさんは去っていった。
「どこかにお花畑があるの?」
私の言葉から察したのか、ティアナが目を輝かせる。
「そうみたいですね。せっかくですし、お昼から三人でその花畑に行ってみましょうか」
「うん! 楽しみ!」
うきうきした様子で羽ペンを走らせるティアナを見たあと、私も調理を再開した。