「でも、銀狼さまの怒りが収まらないと、村に食べるものがないの」
緊張こそほぐれたものの、ティアナは相変わらず不安顔をしていた。
「さっきも言ったが、我は怒ってなどいないのだが」
ティアナに撫でられながら、銀狼さんはため息をつく。
「それなのですが……銀狼さん、森の食料にしばらく余裕はありますか?」
そんな彼女の様子を見つつ、私は銀狼さんの大きな耳に耳打ちをする。
「確認してみないとわからんが、今年は木の実が豊作だ。おそらく足りているだろう。それがどうかしたのか」
「このままだとティアナが納得してくれそうにないので、森の食料の一部を村に分け与えようかと」
「我としてはそれで構わないが、コルネリアはいいのか」
「村を追い出された恨みがないとは言いませんが、これはティアナのためです」
「わかった。それならば、余っている食料を集めるようにゴローに伝えておこう」
「ありがとうございます」
銀狼さんにお礼を言って、私はティアナに向き直る。
「銀狼さんと相談して、森の恵みの一部を村に送ることにしました。そうすれば、村の皆は食べるものに困らなくなります」
「……そんなことができるの?」
「できますよ。私は森の聖女だと言ったでしょう?」
「コルお姉ちゃん、ありがとう!」
笑顔でそう伝えると、ティアナも弾けるような笑顔を向けてくれた。
抜本的な解決にはならないかもしれませんが、少なくともこれでティアナの不安は払拭されるでしょう。
「それでコルネリアよ、この娘はどうするのだ」
すっかり安心したのか、物怖じせずに銀狼さんの尻尾を触りだしたティアナを微笑ましく見ていると、銀狼さんがそう尋ねてきた。
「そうですね……ティアナ、少し待っていてくださいね」
銀狼さんに一旦人の姿になってもらい、ティアナをその場に残して場所を移す。
「……正直、あんな小さな子だとは思っていなかったので、私も困惑しているのです」
大きな木の陰に二人で隠れながら、私は言葉を紡ぐ。
「銀狼の花嫁は、それこそ私のように成人した女性だとばかり思っていたのです。当初は数日間保護して、山の向こうの街まで連れて行ってあげればいい……そう考えていましたが、あの子は幼すぎます」
木の陰から、切り株に腰を下ろしているティアナを覗き見る。
仮に街まで連れて行ったとして、小さな女の子が一人で生きていくのは難しいと思う。施設に預けることになるか、奴隷同然に働かされるか……どちらにしても、不幸な未来しか想像できなかった。
「それなら答えは一つだ。森の子として育てればいい」
「森の子とは?」
「そのままの意味だ。コルネリアの村の者たちがしていたように、森の皆であの子の面倒を見るのだ」
その言葉を聞いて、私はかつて母に聞いた話を思い出した。
それは、動物たちに育てられた人間の子どもの話。
おとぎ話だと思っていたけれど、銀狼さんの口ぶりからして、実際にある話のようだった。
「つまり、あの子を引き取る……ということでいいのですね」
「それで構わん。我らの言葉がわかるコルネリアがいるのだし、お前が間に入ることで彼女も安心して森で暮らせるのではないか?」
「それはまぁ、そうでしょうけど」
「それに、我とコルネリアの間には子どもは生まれぬ。ならば、あの子を我らの子として育てようではないか」
「はい!?」
「……コルお姉ちゃん、どうしたの?」
思わず大きな声を出したその時、心配になったのか、ティアナが駆けるようにこちらにやってきた。
「ちょうどいい。コルネリアよ、我々の子どもになるように伝えてくれ」
「……それ、私が伝えるのですよね?」
「当たり前だろう。我の言葉は、この娘には聞こえぬのだからな」
「わ、わかりました……ティアナ、銀狼の花嫁に選ばれたということは、もう村には戻れません。それは知っていますよね?」
「うん……」
言葉を選びながらそう伝えると、彼女はとたんに表情を曇らせた。
「だからティアナ、私と銀狼さんの子どもとして、この森で一緒に暮らしませんか?」
「えっ?」
予想していない言葉だったのか、彼女はその大きな目を見開いた。
そして私と銀狼さんを交互に見たあと、しっかりとうなずいてくれる。
……こうして、私たちに新たな家族ができたのでした。