キツツキさんに案内されて、私たちは森の中を進む。
やがてたどり着いたのは、私が長老さまたちから置き去りにされた場所だった。
そこには巨木の根を椅子代わりにし、花嫁衣装を着た少女が座っていた。
突然姿を見せて驚かせないように、まずは木の陰からこっそりと様子をうかがう。
うつむいているので顔はよく見えないが、小さな女の子だということはわかった。髪は金色をしている。
……うん? 金色?
「なんだ。まだ年端の行かぬ子どもではないか」
銀狼さんがそう呟いた時、少女が大きく息を吐きながら顔を上げる。
その顔に見覚えがあった私は、木の陰からたまらず飛び出した。
「もしかして、ティアナですか?」
「え、コルお姉ちゃん?」
その金色の瞳が私の姿を捉えた時、その子はまるで幽霊でも見たかのような表情を見せる。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。私、幽霊とかじゃないですから」
「う、うん……でも、コルお姉ちゃんは銀狼さまの花嫁になったんだよね?」
「そうですが、色々あって、こうして元気でいます」
努めて明るく言って、銀狼さんと一緒に彼女に近づいていく。
この子はティアナ。村の外れにおばあさんと一緒に住んでいた女の子です。
一年前におばあさんが亡くなってからは村の皆で面倒を見ていて、健気に畑仕事を手伝っていたはずですが……どうしてこの子が銀狼の花嫁に選ばれてしまったのでしょう。
「ティアナは、銀狼の花嫁に選ばれたのですよね?」
「うん。エモノがとれなかったのは、銀狼さまの怒りなんだって。だから花嫁になって、怒りを沈めてきなさいって言われたの」
その場にかがみ込み、目線の高さをティアナに合わせながら問うと、彼女は伏し目がちにそう言った。
……つまり、猟期の間に獲物がほとんど獲れず、村の蓄えが不足していると。
銀狼の花嫁には、厄介者を村から追い出す口減らしの意味もあるので、身寄りもなく、村で面倒を見ていたティアナが選ばれたのだろう。
「まったく理解に苦しむ。我は別に怒ってなどおらんぞ」
一方の銀狼さんは首をかしげ、不思議そうな顔をしていた。銀狼の怒り……うんぬんも、村人たちの勝手な想像なのだろう。
そんな中、私は一人ショックを受けていた。
森の仲間たちを守ろうと、彼らを安全な森の奥へ誘導したものの、それが結果的に村の食糧不足を招き、新たな銀狼の花嫁を生み出すことになってしまうとは。
「ところで、この少女はコルネリアの知り合いなのか?」
「はい。同じ村の子です」
「……コルお姉ちゃん、この男の人、誰?」
その時、ティアナが初めて銀狼さんを見た。
「この人は私の旦那さんで、銀狼さんです」
隠していてもしょうがないので、そう説明しておく。
「銀狼さま、わたしを食べてください」
するとティアナは一瞬動揺したあと、そう言って彼の前にひざまずいた。
「我は人を食べないのだ」
彼は困った顔でそう伝えますが、ティアナには伝わっていない様子だった。
銀狼さんを含め、森の動物たちの言葉は私にしかわからないのだ。それも当然だと思う。
「ティアナ、安心してください。銀狼さんは人を食べないのです」
「そ、そうなの……?」
「私が動物とお話ができるという話はしたことがあるでしょう。この森で森の聖女となった私は、銀狼さんを説得したのです」
「……コルお姉ちゃん、すごい」
「説得も何も、我は始めから人は食わんぞ」
「いいから話を合わせてください」
隣で不満顔をする彼に小声で言う。今は、ティアナに銀狼さんが怖い存在でないとわかってもらうことが先決だった。
「でも、この人が本当に銀狼さまなの? 狼じゃないよ?」
「人の姿にもなれるのです。人は食べない、優しい狼なのです。ほら」
そんな疑問を口にするティアナに対し、彼女の目の前で銀狼さんに本来の姿に戻ってもらう。
続けてその場で寝っ転がってもらい、私はティアナを安心させるように、銀狼さんに抱きついてみせる。
「触っても、大丈夫なの?」
「もちろんですよ」
初めて見るであろう巨体におずおずと近づき、慎重にその毛並みに触れる。
「……もふもふ」
「くすぐったいのだが」
「銀狼さま、なんて?」
「くすぐったいって」
「ふふっ……」
緊張が解けたのか、ティアナはようやく笑顔を見せてくれた。
……やはり、もふもふの力は偉大だと実感した瞬間でした。