目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第14話『料理修行と、新たな花嫁さんです!?』


 森に日常が戻って、一週間ほどが過ぎた。

 午前中の診察を終えた私は、銀狼さんと一緒に食卓を囲む。


「どうだ。我の作ったパイ生地はさすがだろう」


 きつね色に焼けた魚のパイを前に、銀狼さんが自画自賛していた。

 先日の約束通り、最近は彼に料理を教え……もとい、手伝ってもらっている。

 ちなみにこのパイを焼いたのは私。銀狼さんは私の指導のもと、小麦粉からパイ生地を作ってくれただけ。


「コルネリア、こっちの料理は何だ」

「それはきのこのキッシュです。同じパイ生地を使っているのですよ」

「匂いはうまそうだが……この中にきのこが入っているのか?」

「そうです。こちらもおいしいので、食べてみてください」


 先日街に買い物に行ったことで、食事も一気に豊かになりました。やっぱり小麦粉は偉大です。


「うむ。うまい。これに比べると、我の作った生地は粉っぽい気もするな」

「それでも、初めて作ったにしては上手ですよ。私がパイを作った時なんて、お母さんに消し炭のパイと……いえ、なんでもありません」


 嫌な過去を思い出しそうになって、慌てて会話を打ち切る。

 その後は対面に座る彼がおいしそうにキッシュを頬張るのを、ただただ満足げに見つめていた。

 過去に苦い経験をしたおかげで、今は料理に自信がありますが、かつての村では食べてくれるような人もいませんでしたし。おいしいと言って食べてくれる人がいるだけで嬉しいです。


「我ばかり食べているぞ。コルネリアは食べないのか?」

「へっ? た、食べます食べます。いただきます」


 不思議そうな顔で言われて我に返り、食事を再開する。

 銀狼さんの作ったパイ、確かに粉っぽいですが、これはこれで個性があっていいと思います。

 料理よりもお菓子系に向いていそうなので、次は彼と一緒にアップルパイを作ってもいいかもしれません。


  ◇


 お昼からはよほどの急患が入らない限り、銀狼さんの勉強の時間にあてる。

 いつしか、これが日課になっていた。


「ううむ……文字を書くというのは手が疲れるな。人間はこれを、幼い頃から当然のようにやっているのか?」

「村では読み書きができる子のほうが少なかったですよ。学校もなかったですし、一部の大人が教えていました」

「大人か。コルネリアは母君に習ったのか?」

「そうですね。利発的な人で……文字だけじゃなく、家具の修理方法から料理……獣医としての知識まで、色々なことを教わりました」

「なるほどな。我とコルネリアが夫婦になれたのは、母君の導きというわけか」

「え? どうしてそうなるのです?」

「お前が獣医としての知識を持っていたからこそ、我を助けることができたのだからな」


 そう言われて、私ははっとなる。

 いくら動物の言葉がわかったとしても、怪我をした銀狼さんの治療ができなければ、今のような関係になることもなかった。

 それだけでなく、最悪傷が化膿し、銀狼さんは命を落としていたかもしれない。


「だからこそ、我は感謝している。お前にも、その母君にもな」


 彼のそんな言葉を耳にした時、心の中に温かいものが広がっていく。その意味を十分に噛み締めながら、私は改めて母に感謝したのだった。


「ほ、ほら銀狼さん、手が止まっていますよ。まだ初歩中の初歩なのですから、頑張りませんと」


 続いて浮かんできた感情を隠すように、私は大きな声で言う。

 すると彼は思い出したように、手元のノートに羽ペンを走らせた。

 ……銀狼さんも頭はいいのですが、あまり集中力が続かないのが玉に瑕でした。


「頑張ってあの本を読めるようにならねばな」


 そう言って彼が視線を送るのは、戸棚の上に置かれた本。表紙に『新婚生活大全』とでかでかと書かれている。

 やる気になるのはいいことですが、最終目標がアレというのは、一抹の不安を覚えてしまう。


「銀狼さまにご報告! 銀狼さまにご報告!」


 その時、けたたましい声を上げながら一羽のキツツキが窓辺にやってきた。


「何事だ、騒々しい」

「また銀狼の花嫁が現れました!」

「え、また?」


 まさかの単語に、私は一番に反応してしまう。

 あの忌まわしき村の習わし……つい一月ほど前、私を送り出したばかりのはずですが。


「その情報は確かなのか」

「この目でしかと見ました! コルネリア様と似たような白い衣装を身にまとっております!」


 両翼を羽ばたかせながらキツツキさんは言う。

 この森に新たな銀狼の花嫁が送り込まれたことに、どうやら間違いはないようだ。


「やれやれ……我は人を食わんというのに。人間の考えることはわからん」

「まったくです」


 思わず同意したものの、私も人間でした。


「ともかく、その人を保護してあげましょう。きっと不安を感じているはずです」

「コルネリアがそうしたいのなら、そうするとしよう」


 銀狼さんはすぐに同意してくれ、羽ペンを置いて立ち上がる。


「キツツキさん、その花嫁さんのところへ案内してください」

「かしこまりました! こちらです!」


 そう言うと同時に窓枠から離れたキツツキさんを追いかけて、私たちは小屋を飛び出した。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?