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第13話『新たな生命と、もふもふの代償です!?』

「銀狼さま、聖女さま、おかえりなさい」

「ご無事で何よりでした」


 翌日の早朝、森に戻った私たちを鳥たちが出迎えてくれた。


「我らが留守の間、特に変わったことはなかったか」

「ええ、特に何も。一度だけ村人たちが森へ入ってきましたが、被害はありません」

「あいつらすぐに諦めて、悔しそうに帰っていきましたよ。いやー、聖女さまの作戦勝ちですな」


 銀狼さんが尋ねると、彼らは口々にそう教えてくれる。

 その説明からして、そろそろ猟期の終わりが近いのかもしれない。


  ◇


 ……それから数日後。

 村人たちの動きから、もう猟期が終わったと判断した私たちは、動物たちに森の奥から出てくるように伝える。


「森の奥はジメジメしてたし、もう少しで体にきのこが生えるところだった。無事に猟期が終わって、何よりだ」

「よく言うよ。溜め込んだ食料を抱えて、子どもたちと一緒にずーっと食っちゃ寝してたくせにさ」

「か、母ちゃん、それは言わないでくれ……」


 近くのねぐらまで戻ってきたゴローさんとカエデさんは、久々の陽光を浴びながらそんな会話をしていた。どちらも嬉しそうだった。

 その背後では、彼らの子どもらしい二匹の子グマが元気にじゃれ合っている。

 その様子を見て、ようやく森の日常が戻ってきたのだと実感し、私は胸をなでおろしていた。


「ああ、聖女さま! よかった! ここにいた!」


 その時、一頭のオス鹿がひどく慌てた様子でこちらに駆けてきた。


「お、落ち着いてください。どうしたのですか」


 その理由を聞いてみると、どうやら彼の妻が産気づいているとのことだった。

 どちらも初めての経験ということで、彼はお産に挑む彼女を見ていられなかったのだろうか。


「妻を安心させてやってください! お願いします!」


 そう言ってから、私の服の裾をくわえて引っ張るも、おそらく安心したいのは彼のほうなのだろう。


「コルネリアよ、行ってやってくれないか。一大事には違いあるまい?」


 それを見ていた銀狼さんが、心配顔で言う。

 動物のお産に立ち会ったことは何度もありますが、実際は私が行ったところでできることは多くない。よほどのことがない限り、母子の力に委ねるしかないのだ。


「わかりました。案内してもらっていいですか?」

「はい! こっちです! どうぞ、背中に乗ってください!」


 それでも銀狼さんが望んでいるならと、私は現場へと向かったのだった。


「……無事に生まれましたね。元気な男の子のようです」

「本当にありがとうございました。聖女さまの加護のおかげで、元気な子を産めました」

「いえいえ、私は本当に何もしていませんので」


 それから出産の一部始終を見守ったあと、シカの夫婦にたいそう感謝されつつ、私は帰路につく。

 出産自体は安産だったものの、心配性な旦那さんを落ち着かせようと、かなり気疲れをしてしまった。

 軽い食事をとったら、少し横になりましょう……なんて考えながら家に帰り着くと、狼の姿に戻った銀狼さんが庭先で昼寝をしているのが見えた。


 ……さすが森の主。私は仕事をしていたというのに、のんきに日向ぼっこですか。

 一瞬、呆れに近い感情が湧き上がってきますが、それはすぐに立ち消えた。

 陽だまりの中、ぐうぐうと眠る彼がとても気持ちよさそうだったからです。


「……お仕事をしてきたのですし、これくらい当然の権利ですよね」


 そう呟いてから、私は静かに彼の傍らに向かい、その体毛の中へ顔を埋める。

 ……ああ、相変わらずのもふもふ具合です。

 理由はわかりませんが、リンゴのようないい香りもする。

 時折風に揺れる木々の葉音も耳に心地よく、このまますぐに眠ってしまいそうだった。


「……む、コルネリア、戻ったのか」

「はい……シカの赤ちゃんは無事に生まれましたよ」


 その時、銀狼さんが目を覚ましたようだ。私は半分まどろんだまま返事をする。


「彼らは喜んでいたか?」

「ええ。初めての子だそうで、嬉しそうでしたよ……」

「そうか。我らも子を授かることができれば良いのだがな」

「そうですね……って、へっ!?」


 銀狼さんの口から出た言葉に、私は一気に目が覚めた。


「さ、さすがに子どもは無理なので!」


 そのまま跳ねるように起き上がると、私は家の中へと飛び込む。

 そして扉を閉めると、妙に早くなった胸の鼓動を落ち着かせるため、深呼吸を……。


「わああ!?」


 その瞬間に見たのは、予想もしていなかった室内の光景だった。

 床の上にひっくり返った鍋に、散乱した食器、床から壁まで、至るところに飛び散った食材の数々……まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。


「こ、これはいったい、何があったんですか?」


 一瞬、野生動物でも侵入したのかと考えましたが、この森にそんな悪いことをする動物はいません。

 だとすれば、原因はなんでしょうか。


「……すまない。食事を用意しようと思ったのだ」


 困惑しながら室内を見渡していると……扉が開き、人の姿になった銀狼さんがやってきた。


「これ、銀狼さんがやったのですか?」

「そうだ。仕事から帰ってくるお前を、料理で労おうと思ったのだが」


 申し訳ないことをしたという気持ちはあるのか、言葉に元気がなかった。

 よく見ると、床には半分潰れたリンゴや砕かれた栗が転がっている。

 ……先ほど銀狼さんをモフった時に感じた匂いの正体は、このリンゴだったようです。


「つまり、料理に挑戦したもののどうにもならなくなり、外でふて寝していたということですか?」

「そういうことだ。お前は簡単にやっているようだったが、料理とは難しいものだな」


 銀狼さんはなんとも言えない表情で、床に散らばった食材を見る。

 結果は散々だったようですが、その気持ちだけで十分嬉しいと感じる私がいた。


「こうなっては仕方ありません。料理はそのうち教えてあげますから、それまで台所に立つのは禁止です」

「わかった。我が学ぶべきは、文字と料理だな」

「その前に、掃除を教えないといけませんね。手伝ってください」


 言うが早いか、私は壁に立てかけてあったほうきを彼に手渡す。

 銀狼さんは一瞬驚いた顔をしたあと、朗らかな笑みでそれを受け取ってくれたのだった。



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