「お待たせいたしました。シェフのおまかせランチになります」
それからしばらくして、料理が運ばれてきた。
メインの大皿には大きな肉の塊が盛られ、それにパンが入ったバスケットとスープ、そしてサラダがついています。
「メインディッシュは羊のもも肉のオーブン焼きでございます。それでは、ごゆっくり」
店員さんは簡単に料理の説明をすると、先ほどと寸分違わぬ所作をし、去っていった。
「おいしそうですね。それでは、いただきましょう」
「うむ。調理された肉というのは初めてだな」
大きなお肉を切り分けようと、私がナイフとフォークを手にする一方、銀狼さんは自分の皿にあるお肉の塊にナイフを突き立てようとした。
「ちょっと待ってください。いくら狼さんでも、あまりに野性的な食べ方はやめてください」
「む?」
その後の行動を予想した私は、慌てて彼を制止する。
「その、お肉は一口サイズに切り分けたほうが良いですよ」
続いて私は席を立ち、彼にそう耳打ちをする。
「切り分ける……とは? どうやるのだ」
「フォークでお肉を押さえながら、こうして、こうです」
席に戻った私は、銀狼さんにお手本を見せるようにゆっくりとお肉を切り分けてみせる。
「フォークで押さえて……こうか?」
「あああ、あまり力を入れ過ぎたら食器が壊れますよ。優しくお願いします」
「……味は良いが、人の食事とは疲れるものだな」
……私がさんざん口を挟んだせいか、彼は最後にはうんざりした顔でそう言ったのだった。
食事を終えたあとは、二人で大通りを歩く。
例によって銀狼さんが手を繋ごうとしてきたので、恥ずかしさをひた隠しにしながらそれに応じる。
やっぱり、これって他人から見るとデートしているように見えるのでしょうか。
「コルネリア、あの店は何だ」
そんなことを考えていると、銀狼さんがある建物を指差した。
「あそこは本を売っているお店です。覗いてみますか?」
「お前が買いたい本があるのなら」
「そうですね……あると言えばありますが」
少し考えて、薬草学の本が欲しかったことを思い出す。
人にとって薬となる植物には、動物にも応用が利くものが多い。森で生活している以上、薬草は身近な存在だし、知識として覚えておいても損はない。
「それならば、足を運んでみよう」
そう言ってくれた彼と一緒に、私は本屋さんへ足を向けたのだった。
「薬草学の本ねぇ。古いのしかないけど、これでもいいかね?」
「はい。それで構いません」
店内で分厚い眼鏡をかけた高齢の店主さんに尋ねてみると、目当ての本はすぐに見つかった。
「長いこと売れなかった本だし、まけてあげるよ。お嬢さん、学者さん?」
「いえ、こう見えて獣医をしています」
「はー、なるほどねぇ。若いのに、すごいねぇ」
店主さんは納得顔をしながら、本を紙袋に入れてくれる。
支払いを済ませてそれを受け取ると、店内で待っていた銀狼さんの元へ向かう。
「お待たせしました……って、銀狼さん、何見ているんですか?」
「ああ、お前と似た恰好の絵が載っていたのでな」
そう言う銀狼さんの手には、新婚生活に関するノウハウをまとめた本があった。
文字が読めない彼は、その絵に惹かれたようだ。
確かに私、銀狼さんと初めて出会った時は花嫁の恰好をしていましたが。よりによってなんて本を……!
「それは新婚生活について書かれた本さ。彼氏さん、興味あるのかい?」
「新婚生活……そうだな。あるといえばある」
その時、店主さんがどこからともなくやってきてそう説明してくれた。
「コルネリア、我はこの本が欲しい」
「ちょ、ちょっと待ってください。本を買ったとしても、銀狼さんは文字が読めないでしょう?」
「ならば、この本を読めるようになりたい。お前のために、我は学びたいのだ」
小声でそう伝えるも、彼は私に真剣な眼差しを向けたまま、真剣な表情で言った。
「それなりの時間、お前とひとつ屋根の下で過ごしてきたが、我は人の幸せというものをいまだ理解できていない。お前が心底幸せそうな顔をするのは、元の姿の我を愛でている時だけだ」
彼は続けて言い、あからさまに表情を曇らせた。
銀狼さんのもふもふに勝るものはないので、それは仕方がない気もしますが……彼が人間の、しいては愛情表現について学びたいという意欲は伝わってきました。
「わかりました。その本を買いましょう。あと、もう一冊」
彼の熱意に負けた私は、その本と一緒に子ども向けの読み書きの本を買い、本屋を後にした。