部屋に荷物を置いたあと、食事のために大通りへ向かう。
昼食には少し早い時間だったが、朝食を抜いていたので何かお腹に入れておきたかった。
なにより、亭主さんからあんな話をされた後だ。二人っきりで部屋にいるなんて耐えられなかった。
「えらく賑やかだが、なんの騒ぎだ?」
食事ができるお店を探していると、隣を歩いていた銀狼さんが足を止める。
私も一緒になって立ち止まると、何やら軽快な音楽が耳に飛び込んできた。
音のするほうを見ると、どうやら大道芸人が来ているようだった。大勢の見物人を前に曲芸を披露していて、時折歓声が巻き起こっている。
「コルネリア、彼らはなぜ手を繋いでいるのだ」
その大道芸をなんとなく見ていると、銀狼さんがそう聞いてくる。
彼の視線を追うと、それは大道芸人たちではなく、その見物をしている一組の家族に向けられていた。
「彼らは家族だからですね。その隣にいるのは恋人たちでしょうか。皆、手を繋ぐことで安心でき、つながりを感じていたいのだと思います」
「そうか。なら、我らも手を繋いでみるか」
「はい!?」
突拍子もない発言に、思わず大きな声が出てしまった。周囲の賑やかな音楽によってかき消されたのが、不幸中の幸いだ。
「コルネリアが嫌だと言うなら、しないが?」
「わ、わかりました。い、いいですよ」
明らかに動揺しながら、私は差し出された手を取る。
人前で男性と手を繋ぐのは初めてで、手が震えているのが自分でもわかった。
「だ、大道芸もいいですが、今は食事です。お店を探しましょう」
その直後、私は猛烈に恥ずかしくなり、銀狼さんの手を引いたまま足早にその場を離れた。
◇
しばらく大通りを歩いていると、飲食店が並ぶ一角にやってきた。
「コルネリア、どの店に入るのだ?」
「銀狼さん、お肉が食べたいと言っていましたよね。でしたらあのお店にしましょう」
いくつものお店が並ぶ中から、私は肉料理のお店を選び、その扉に手をかけた。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
店内に足を踏み入れると、すぐに店員さんがやってきてくれる。
私は少し悩んでから、窓際の一番奥の席を選ぶ。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
お水とメニューをテーブルに置くと、店員さんは静かに離れていった。
開店した直後のようで、店内には私たち以外にお客さんはいない。
「この店はどのような料理があるのだ?」
対面に座る銀狼さんはメニューを片手に首をかしげています。やはり読めないようだ。
「私が読みますね。えーっと、子羊のラムシャンクブレゼ……?」
……私が見たところで、どんな料理なのかよくわからなかった。
もしかして、とても高級なお店に入ってしまったのかもしれない。
「ご注文はお決まりでしょうか」
困惑しながらメニューとにらめっこしていると、絶妙なタイミングで店員さんが現れた。
「え、あの、えーっと……」
私は妙に緊張しながら、メニューに視線を走らせる。
……そして見つけました。『シェフのおまかせランチ』の文字を。
「この、シェフのおまかせランチを二つください」
「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか」
「の、飲み物は結構です」
「ご注文承りました。少々お待ちください」
注文を受けた店員さんは一礼し、優雅に去っていった。
他にお客さんがいないので気づかなかったですが、やはり格式の高いお店なのでしょうか。
私は所詮村娘ですし、場違いでなければいいのですが。