猟期になってからというもの、森の中はすごく静かになった。
なんというか、生き物の気配がしないのだ。
私たちの住む家には銀狼さんが目眩ましの魔法をかけてくれているので、万一狩人たちがやってきたところで見つかる心配はありませんが、これまでの生活からしてみれば、息苦しいことこの上なかった。
そんな息をひそめるような生活がしばらく続き、そろそろ猟期も終わりに近づいた頃、とある問題が発生した。
手持ちの塩が足りなくなってきたのだ。
村を出る際にそれなりの量を渡されたものの、それも残りわずか。これは由々しき事態だった。
「銀狼さん、この辺りに塩が採れる場所はありませんか?」
「塩?」
椅子から立ち上がって尋ねると、彼はベッドから身を起こしつつ、不思議そうな顔をした。
「そうです。人は定期的に塩を摂らないといけないのです」
私は人差し指を立てながら、そう説明する。
近くに海でもあれば良いのだけど、あいにくここは山の中だ。
村でも塩は貴重で、法外な値段をふっかけてくる商人から買うしかなかった。
「確か、シカたちが何か知っていたような気がするな」
銀狼さんは口元に手を当ててしばらく考えたあと、そう教えてくれる。
「そういえば、草食動物は塩が含まれる岩や土がわかるといいますね。さっそく彼らに聞いてみましょう!」
喜び勇んで駆け出そうとするも、私は扉の前で固まった。
猟期の今はシカたちも森の奥へ避難していて、近くにはいないのだった。
「となると、近くで塩が手に入る場所は村しかありませんが……」
村のある方角に視線を送りながら、言い淀む。できたらもう関わりたくはない。
「よし、服と同じく、また取ってきてやろう」
「だから、勝手に取っては駄目です! せっかく何事もなく猟期が終わろうとしているのですから、彼らの神経を逆なでするような真似はやめましょう!」
私は叫び、意気揚々と扉に手をかける銀狼さんを押し留める。
「何故だ。必要なものなのだろう」
「必要ですが、盗むのはよくありません。どこかで買えればいいのですが」
「買い物なら、山の向こうにある街に行けばいいではないか。塩くらい売っているだろう?」
「大きな街ですから、塩なんていくらでも……って、どうやって行くのです?」
「我の背に乗っていけば、あっという間だ」
思わず尋ねると、彼はそう言って自らの背を指差した。
村で聞かされていた銀狼さんの話で、一夜で千里を駆ける……という話がありましたが、どうやらそれは真実のようです。
「それはそうかもしれませんが……銀狼さん、足の怪我は?」
「そろそろ治った頃合いだ。それとも、このままここを出ていくか」
「え?」
真剣な表情で唐突にそう言われ、私は変な声を出してしまった。
「足の怪我が治ったら、山の向こうにある街にコルネリアを送り届ける。そういう約束だったはずだが、違ったか?」
……そうでした。この森での生活が楽しくて、そんな約束、すっかり忘れていました。
「違っていませんが、私はもうしばらく、銀狼さんと一緒に暮らします。今回は、本当に買い物に行くだけです」
「……そうか」
私の返事を聞いた銀狼さんは、どこか安堵の表情を浮かべているような気がした。
この森での暮らしを捨てて、再び人の世で生きていく……今更、そんな自分は想像できなかった。
「というわけで、今日は買い物に行きましょう。といってもお金がないので、街についたらまずお仕事を探すことになりますが」
「金ならあるぞ。少し待っていろ」
「え。あるんですか?」
予想外の返答に面食らう私を尻目に、銀狼さんは家の外へと向かっていく。
「これであっているか」
しばらくして戻ってきた彼は、その手に大きな袋を持っていた。受け取って中身を見てみると、銀貨が何枚も入っている。
「あっていますけど……このお金、どうしたんですか?」
「コルネリアと出会う少し前、森の中で商人が行き倒れていた。自然に還るがままにしていたのだが、その傍らにこれが落ちていたのだ」
「……なんだか、その商人さんの無念が宿ってそうですが、大丈夫でしょうか」
受け取ってしまった袋をこわごわと見つめながら言うも、銀狼さんは気にする素振りもなかった。
野ざらしにされているくらいなら、いっそ使ってあげるべき……そう自分に言い聞かせ、私はそのお金を貰い受けることにしたのだった。