ウサギのマチルダさんについていくと、村に近い森の中で、網状の罠にかかってもがいているウサギさんを見つけた。
「ダニエルさん、大丈夫ですか? 今助けますので」
「聖女さま、申し訳ねぇ……うまそうなニンジンに我を忘れたばっかりに……」
そう言って耳と頭を垂れるウサギさんを励ましつつ、手にしたナイフで罠を壊し、彼を救出する。
「あわわ、怪我をしているじゃないですか。傷薬を塗りますので、動かないでくださいね」
罠の中で暴れるうちに傷ついたのか、ダニエルさんは左前足に傷を負っていた。
私はそれを見つけると傷薬を取り出し、彼の足に塗ってあげる。
「聖女さま、なんとお礼を言ったらいいか……今度、お礼にまたニンジンを持っていきます」
「それは嬉しいですが、今後は罠にかからないように注意してくださいね。ウサギさんは骨が弱いのですから」
諭すように言うと、彼らは何度も頭を下げたのち、森の奥へと消えていった。
「……これで3回目か。最近、やけに罠にかかる者が多いな」
その姿が見えなくなったあと、銀狼さんはため息まじりに言った。
「そうですね。何日か前、狩人たちが森の入口にいくつも罠を仕掛けていたという話をキツツキさんから聞きました。どうやら猟期に入ったようですね」
「コルネリア、猟期とはなんだ?」
「村はこれから冬に向けて、食料を溜め込まないといけないのです。そのために、村を挙げて狩猟に力を入れる時期があるのです。それが猟期です」
「なるほど。毎年この時期になると、人に襲われて怪我をする者や、行方知れずになる者がいたが、その猟期とやらが関係していたのだな」
「ありゃ、銀狼さまに先生さん、こんなところにいらしたんですか」
銀狼さんとそんな会話をしていた矢先、背後の茂みがガサガサと揺れ、ゴローさんが姿を現した。
「お二人のねぐらはもぬけの殻だったので、会えなかったらどうしようと思ってましたわ……先生さん、これ、頼まれていた草です」
ゴローさんはそう言って、大きな手いっぱいの草を差し出してくる。
「ありがとうございます。これでまた傷薬が作れます」
私はお礼を言いながらそれを受け取る。わずかに甘い匂いがするメープル草。これが傷薬の材料となるのだ。
「いやいや、感謝するのはオイラたちのほうですわ。先日も息子の傷を癒してもらって……うん?」
そこまで話して、私の足元に散らばる罠の残骸に気づいたのか、ゴローさんは険しい表情をした。
「ありゃあ……また罠が仕掛けてあったんですかい?」
「そうなんですよ。猟期ということもあって、村の皆も必死のようです」
「リョウキ……というのがオイラにはよくわかりませんが、危険な時期ってことですかい?」
「大方、その考え方であっています。狩人たちに遭遇したら危ないので、しばらくの間、森の奥に引きこもっておくのがいいかもしれません」
「引きこもれと言われましても、どのくらいです?」
「一週間……いえ、まずは10日ほど様子を見てはいかがでしょうか。安全が確認されたら、こちらから連絡しますので」
私がそう伝えると、ゴローさんは心配顔で銀狼さんを見る。彼は腕組みをし、考えるような仕草をしていた。
「そうだな……ここは彼女の言う通り、お前たちは森の奥へ隠れるがいい」
「わかりました。森の皆にも、極力村には近づかず、森の奥で暮らすように言っておきます」
ゴローさんはそう言うと、足早に森の中へと消えていった。
猟期……村に住んでいた頃は一種のお祭りのような感覚でしたが、森に住む者たちからすれば、恐怖以外の何物でもないのかもしれません。