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第7話『もふもふは聖女の特権です!?』

 新居での生活を始めて、一週間ほどが経った。

 銀狼さんの訂正も虚しく、いつしか森の聖女という言葉が独り歩きし、私の周囲には動物たちが集まってくるようになった。


「聖女さま、ウチの子がまた怪我をしちゃったんだよ」

「ワタシも硬い木に挑みすぎたのか、クチバシが……あいたた」

「はいはい。薬を塗っておきますね。キツツキさんのほうは……止血はしておきますが、日にち薬ですね」


 中にはこのように怪我をした動物もやってくるので、私は全て診察し、できる限りの治療を施す。

 村にいた頃も家畜の世話や治療をしていたのだけど、村人たちはそれが当然といったふうで、特にねぎらいの言葉をかけてくれることはなかった。

 ですがこの森では、皆が感謝してくれる。私としては、村で過ごしていた日々の何倍……いえ、何十倍も充実した日々を過ごせていた。


「聖女さまー、この前はありがとう! これはお礼だよ!」


 その時、窓枠に一匹の若いリスさんが飛び乗ってきた。その長いしっぽに巻き込むように、数本のきのこを器用に持っている。


「ありがとうございます。これに懲りたら、度胸試しに石をかじるなんてことはしてはいけませんよ?」

「わかってるよー! そんじゃ!」


 両手を広げてそれを受け取ると、彼は照れ隠しをするように短く言って、森へと帰っていった。

 こんなふうに、お礼として食料も分けてもらえるので、私としては大変助かっていた。


 ◇


 午前中の診療が一段落したら、食事の準備に取り掛かる。

 ……でもその前に、私にはやりたいことがあった。


「少し疲れてしまったので、銀狼さん、またアレをお願いしてもいいですか」

「構わんが、足の傷には触れぬようにするのだぞ」

「もちろんわかっています」


 私が頼み込むと、銀狼さんはやれやれといった様子で外に出る。

 そして本来の狼の姿に戻ると、地面に体を横たえてくれた。

 私は勢いをつけ、そのもふもふの体毛に飛び込む。

 獣医の仕事をしているのですから、私は大の動物好き。中でも犬のふわふわな毛に触れている時は、至高のひとときだ。

 銀狼さんのもふもふ感に気づいたのは数日前で、それからほぼ毎日、こうしてもふらせてもらっている。彼はその体も大きいので、全身を預けることができます。これがまた、どんな高級ベッドより心地良いのだ。


「我にはよくわからんが、これで気持ちが休まるものなのか?」

「そりゃあもう。疲れが吹き飛んでしまいますよ」


 正直、人間の姿の銀狼さんとのスキンシップはまだ慣れませんが、この姿なら話は別。なんとも言えない香りがしますし、いくらでももふもふできてしまいます。

 ……そんなこんなで、たっぷりともふもふパワーを補充したら、食事作りを再開する。

 かまどで煮炊きもできるようになったので、手の込んだ料理も作れるようになった。今日のお昼はきのこスープだ。


「普段は肉しか食さぬから気づかなかったが、きのこを煮出すとこのような味になるのだな」


 人の姿になった銀狼さんが、スープを口にしながら唸っていた。

 狼さんは雑食なので、きのこを食べても問題ないのだと思う。

 器から直接スープを飲むのは、はしたないのでやめてほしいけど、これも狼さんなので仕方のないことかもしれない。


「これってもしや、テーブルマナーも私が教える必要があるのでは……?」

「コルネリア、何か言ったか?」


 私の気持ちなどつゆ知らず、銀狼さんは口元にきのこの欠片をつけたまま、果物の入った器に手を伸ばす。

 ちなみにこの器は銀狼さんが作ってくれた。

 彼は手先が器用な上に力が強いので、工具セットに入っていたノミ一本で木を加工し、あっという間に作ってしまったのだ。

 その材料はというと、クマのゴローさんがどこからか手頃な木を運んできてくれた。

 彼も定期的に食料を届けてくれるし、森の情報も色々と教えてくれる。

 こちらからも何かお返しがしたいところですが、クマさんの喜ぶものってなんでしょう。やはり、ハチミツでしょうか。


「そういえば、昨日手に入れた服の着心地はどうだ?」

「え? ああ、見ての通り、ぴったりです。花嫁衣装より楽ですし、助かっています」


 考えを巡らせていたところにそう言われ、私は着ている服を彼に見せる。

 銀狼さんが用意してくれた服は、彼と色違いのチュニックに、裾が広い紅色のズボン。スカートではないので、動きやすくて助かっています。


「この服、すごく状態がいいのですが、本当に捨ててあったのですか?」

「ああ。村外れの家の庭に、まるで見せびらかすように吊るしてあったぞ」

「……それ、捨てていたのではなく、干していたのでは?」

「そうなのか?」

「そうですよ。石鹸で洗って、外で乾かしていたのだと思います」

「つまり、日光浴をさせていたわけか」


 私が説明するも、銀狼さんはうんうんとうなずくだけ。悪いことをしたという認識はないようだった。


「持ってきてしまったものはしょうがないので、この服は使わせてもらいますけど……今後は村のものを持ってきてはいけませんよ。いいですか?」

「よくわからんが、コルネリアが言うのであれば従おう」


 首をかしげながらも、銀狼さんは納得してくれたようだった。

 彼に人間の常識を教えることは大変だけど、それをどこか楽しく思っている自分がいた。

 子どもを持ったことがないのでよくわかりませんが、子育てとはこんな感じなのかもしれません。


「聖女さまー! うちの旦那が大変なんだよー!」


 やがて食事を終えた頃、一匹のウサギが小屋にやってきた。


「マチルダさん、そんなに慌ててどうされました?」

「うちの旦那が人間の仕掛けた罠にかかっちまったんだよ!」

「そ、それは大変じゃないですか。場所はどこです?」


 私は反射的に医療器具の入った袋を手にしながら、彼女にそう尋ねる。


「こっちだよ! ついてきておくれ!」


 文字通り、脱兎のごとく駆け出す彼女を追いかけ、私と銀狼さんは小屋を飛び出した。



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