かまどに生えていた木を銀狼さんに引っこ抜いてもらったあと、私たちは手分けして室内を調べる。
「あ、これとか使えそうですね。こっちの毛皮も古いですが、毛布代わりになりそうです」
鍵のかかっていた戸棚を銀狼さんに開けてもらったところ、中から工具セットと動物の毛皮が出てきた。
工具セットは建物の補修に使っていたものなのか、ハンマーやのこぎりといった道具が一通り揃っていた。
多少の錆はあるものの、どれも問題なく使えそうだった。
「我にはよくわからんが、その道具を使えば屋根を直せるのか?」
「直せますよ。そうですね……穴を塞ぐ板は扉を打ちつけていたものを再利用しましょう。ついでに、窓を塞いでいる板も外してきてもらえますか?」
「承知した。外した板は先ほどの木と同じ場所に置いておけばいいのか」
「お願いします。あ、板を窓枠から外す時は優しくお願いしますね」
そう伝えると銀狼さんは軽くうなずいて、表へと歩いていった。
残された私は工具を手にし、天井の穴を見上げる。
こう見えて私、大工仕事は得意。
村でも家の雨漏りは自分で直していましたし、立て付けが悪くなった扉や、足がおかしくなった椅子だって修理したことがあります。
道具さえあれば、ちょちょいのちょいですよ……なんて考えていたとき、重要なことに気がついた。
「はて、どうやって屋根に登りましょうか」
室内を見渡してみるも、はしごのようなものは見当たらない。
そのまま外に出て周囲を探してみるも、結果は同じだった。
銀狼さんが抜いてくれた木をはしご代わりにしようかと思うも、同時に自分が花嫁衣装だったことを思い出す。
ひらひらしすぎて、動きづらいことこの上ない。
「コルネリア、どうしたのだ?」
純白のドレスの端をつまみながら困り果てていると、窓の板を外し終わった銀狼さんが私の近くへやってきて、不思議そうな顔をした。
「銀狼さん、あなたの力で、私の服も作ってもらえないでしょうか。できたら、動きやすい服がいいのですが」
「残念だが、我が作れるのは自分の服だけだ。コルネリアは新しい服が欲しいのか?」
「いえ、そういうわけではなく……屋根の修理をしたいのですが、この恰好では作業がしにくいのです。屋根に登る手段もありませんし」
工具と木の板を手にしたまま、私はため息をつく。
「つまり、屋根の上に移動できればいいのだな? 容易いことだ」
それを聞いた銀狼さんは私をおもむろに抱きかかえた。
……ちょっと、これって、お姫様だっこというやつでは!?
「ひっ……!?」
そして次の瞬間、彼は大きく跳躍。一瞬で屋根の上に移動してしまう。
予想外の出来事に、私は完全に固まってしまった。
「穴が空いているのはあそこか。コルネリア、このまま移動して構わないか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
彼は私を抱きかかえたまま、地上にいるのとまったく変わらない足取りで歩いていく。
「というか銀狼さん、右足を怪我していましたよね? そんなに激しく動いて大丈夫なのですか?」
「人の姿であるし、本来の力の半分も出してはいない。心配は無用だ」
彼はあっさりと言い、あっという間に穴の近くまで移動してしまった。
それから慎重に私を屋根の上へと下ろしてくれる。
「わっ……とっ」
その不安定な足場にバランスを崩しそうになり、私はとっさに銀狼さんに抱きついてしまう。
「す、すみません。いつもなら靴の裏に滑り止めを塗るのですが」
「気にするな。このまま作業をして大丈夫か?」
「ま、万が一落ちたら危ないので、支えておいてもらえると助かります」
「わかった」
「ひゃあ!?」
そうお願いすると、彼は私の腰に手を回し、後ろから抱きしめるようにしてきた。
あ、あわわ。銀狼さんの体温が伝わってきます。というか、初めて男の人に抱きしめられました。
「ちょ、ちょっと、いきなり抱きしめられたら困ります」
「困るのか? その道具を使って作業をするのだし、両手は空いていたほうが良いと思ったのだが」
なんともいえない気持ちになりながらそう口にするも、銀狼さんの言い分も一理あった。
「うう……わ、わかりました。しっかり支えてくださいね」
正直、かなり恥ずかしいですが、誰に見られるわけでもありません。
私は必死に気持ちを落ち着かせ、そのまま作業をすることにした。
「穴は三箇所あります。見たところ、どれも簡単に塞ぐことができそうなので、まずは目の前の穴を塞いでしまいましょう。銀狼さん、もう少し前にお願いします」
背後の銀狼さんにそう指示を出して、ゆっくりと移動する。
「……おお? 銀狼様、そんな場所で何していらっしゃるの?」
「仲がいいですなぁ。これはもしや、お付き合いでも始めなすったか?」
慎重に歩みを進めていた時、謎の声がした。
見ると、煙突の先端に数羽のキツツキが止まっていて、私たちに話しかけてきていた。
「我は彼女を妻とした。これからここで、共に暮らすのだ」
「おお……! まさか人間の娘をめとられるとは!」
「彼女はただの人間ではない。我らの言葉を理解し、怪我をも治したのだ」
「ひえー! それはまるで、森の聖女様ですな!」
「だ、誰が聖女ですか! 私はただの獣医です!」
思わず叫ぶと、より一層鳥たちがざわめいた。実際に言葉が通じていることに驚いているようだった。
「なんにしても、森の主たる銀狼様が妻をめとられるとは! これはめでたい!」
「すぐに森中に知らせねば!」
「お前たち、あまり大事にするでないぞ」
銀狼さんがそう言うも、鳥たちは聞く耳を持たず、そのままいずこへと飛び去っていった。
そんな彼らを呆然と見送ったあと、私たちは屋根の修理を再開したのだった。