「ちょ、ちょっと! どうして服を着ていないのですか!? せめて隠してください!」
「隠す? 何をだ?」
「いやその立派なものを……ああもう、動かないでくださいよ!」
私はできるだけ見ないようにしつつ、バスケットの中に入れていた布を彼の腰に当てる。
まさかとは思いますが、この銀狼さん、羞恥心がないのでしょうか。
ちなみに人の姿になっても、その右足には包帯が巻かれていた。どうやら怪我はそのままらしい。
「姿形を変えられるのなら、その力で服も作れないのですか?」
「服……人間の体を覆っているものだな。考えたこともなかった。やってみよう」
そう言うが早いか、銀狼さんは再び淡い光に包まれる。
ややあってその光が収まると、目の前に立つ彼は革製のズボンに黒いチュニックをまとった姿になっていた。
改めてその全身を見て、私は言葉を失う。
「森にやって来る狩人たちの服装を真似たのだが、どこかおかしいだろうか?」
そんな私の態度が気になったのか、彼は不安げにそう言う。
「いえ、そういうわけではないのですが……」
人の姿になった銀狼さんはスラッと背が高く、片目を隠すような銀髪と、その間から覗く碧色の瞳が印象的だった。
その容姿に見惚れてしまっていた……とは、口が裂けても言えませんでした。
「と、ともかく、一緒に暮らすというのなら、日が暮れる前に寝床を確保したいのですが」
「少し進んだところに我の寝床があるが、そこでは駄目か?」
「寝床……一度、見るだけ見てみましょう」
彼の言葉に一抹の不安を感じながらも、私はそこへ向かってみることにした。
◇
彼の寝床へ向かう道すがら、先ほどの白骨が目についた。
「一つお聞きしますが、この方は銀狼さんが襲ったわけではないのですよね?」
「無論だ。我は人を食わんと言っただろう。言葉こそ通じぬが、全員、追い返している」
彼は遺体を一瞥してそう言った。
ということは、この方は村にも帰れず、森をさまよった挙げ句にここで息絶えた……ということでしょうか。あまりに、不憫です。
「弔います。埋葬を手伝ってください」
もしかしたら、私も彼女と同じ運命を辿っていたかもしれない……そう考えると、素通りすることはできなかった。
「わざわざ土に埋めるのか? 森に住む者として、自然に任せるべきだと思うが」
「人間とはそういうものです。あなたも私と夫婦になるのでしたら、理解するように努めてください」
「……よくわからぬが、お前がするというのなら手伝おう」
銀狼さんはそう言うと、私の動作を真似て土をかけてくれる。
道具もなかったので、彼が手伝ってくれて本当に助かりました。
そんな彼女の埋葬を終え、森の中をしばし歩くと、やがて開けた場所が見えてくる。
周囲に木も生えておらず、陽光が一面の落ち葉を照らしていた。
「ここが我の寝床だ。日当たりは良いぞ」
「確かに日当たりは最高ですが……却下です」
「何故だ」
「せめて屋根がほしいです。雨が降った時はどうしているのですか?」
「普段は大樹の下で雨宿りをしているな」
「雨に濡れたら風邪をひいてしまいます。せめて、きちんと屋根のついた家に住みたいです」
「ふむ……せっかくの花嫁が体調を崩したら我も困るな。人が住めるような住居か」
私が懇願するような視線を送ると、銀狼さんはしばし考え込む。
「森の奥に、かつて人が住んでいた古い小屋がある。見に行ってみるか?」
やがて思い出したように言い、うっそうとした森の奥を指差す。
私はうなずいて、彼のあとに付き従ったのだった。
◇
道なき道を歩いていくと、やがて草木に埋もれるように小さな家が見えてきた。
木造の建物は雨風にさらされ、その壁には無数のツタが絡みついている。
窓も扉も木の板で塞がれていて、屋根にはいくつもの穴。煙突のようなものも見えるが、そこからはなんと木が生えていた。
「この小屋、何に使われていたのでしょうか」
「かつては狩人たちが使っていたようだ。もう10年は前の話だが」
言われてみれば、そんな小屋を森の中に作ったという話を聞いた覚えがある。
すぐに使われなくなったそうだけど、建物は取り壊されずに残っていたらしい。
自分の腰ほどの背丈の草をかき分けながら小屋へ近づいていくと、足裏に時折硬い感触があった。
草に覆われて見えまないが、飛び石があるようだった。
「どうだ。ここなら住めそうか?」
同じように草の中を進んできながら、銀狼さんが尋ねてくる。
「屋根の穴に煙突の木……直す場所は多々ありますが、先ほどの場所よりは良さそうです」
「そうか……なら、ここに住むとしよう」
どこかもの悲しそうに、銀狼さんは言った。
もしや、文字通りご自身の愛の巣に私を引き込みたかったのでしょうか。
「とにもかくにも、まずはこの草をどうにかしましょう。これだと家に近づくこともできません」
私はそんな銀狼さんをあえて流し、目の前の草を掴む。
「いたっ……!」
そして力任せに引き抜くも、中に鋭い葉があったのか、指を切ってしまった。
「怪我をしたのか。見せてみろ」
思わず手を押さえていると、銀狼さんが素早く寄ってきて、傷を見せるように言ってくる。
大したことないです……と答えつつ、私はできたばかりの傷を彼に見せる。
すると彼は、私の手を優しく掴んだかと思うと、おもむろにその傷を舐めた。
……この人、さも当然のように何してくれちゃってるんでしょうか。