「……その姿、まさか花嫁か?」
「は、はひっ!?」
目の前の銀狼さんは私をひと睨みしたあと、そう言葉を紡ぐ。
「え、えっと、初めまして。私、このたび銀狼さんの花嫁に選ばれました、コルネリアと申します……」
「やはり……また来たのか」
その禍々しい姿に恐れおののきつつ、花嫁であることを伝えると……彼はうんざりした声を出した。
「いやその、また来たのかと言われましても……」
「む? 人間の娘よ、お前は我の言葉がわかるのか?」
「え? あー、はい。わかります。生まれつきの能力で……その、すみません」
その見た目に圧倒され、思わず謝ってしまう。
「なら都合がいい。娘よ、我は人を食べんと村の者に伝えろ。お前も立ち去れ」
立ち去れと言われましても、私は村を追い出された身。行くあてなどないのですが。
そう考えながら、去っていく彼を見つめるも……その足取りが悪いことに気がついた。
よく見ると、右の後ろ足から血が流れていた。
「あの、銀狼さん、その足はどうされたのですか?」
「……我も分からん。突然、音とともに痛みが走ったのだ。弓矢と思いきや、抜こうにも軸も羽根も見当たらぬ」
銀狼さんは自らの後ろ足を見ながらそう言った。
その言い方から察するに、どうやら猟銃による攻撃を受けたようだ。
手入れや銃弾の確保が大変という理由で、村で銃を使う者はいません。となると、密猟者でしょうか。
「よろしければその傷、診ましょうか? 私、こう見えて獣医なのです」
わずかに震える声で言って、手にしていたバスケットを開く。その中にはわずかな食料と一緒に、医療器具が入っていた。
これは花嫁道具……というわけではないのだけど、持ち出しを許可された私物の一つだ。
母の形見でもあるし、無事に森を抜けられた場合、獣医を続けるために必要不可欠なものでもある。
「治療……それは構わぬが、お前は我が怖くはないのか」
「めちゃくちゃ怖いですよ。ですが、怪我をしている動物を見ると、助けずにはいられないのです」
そう説明しながら、銀狼さんにゆっくりと近づいていく。彼も私の意図を察したのか、地面に体を預けて横になってくれる。
「そ、それでは失礼します」
一言断ってから、彼の右後ろ足上腕の傷を見てみると……それは明らかに銃創だった。
銃による傷は見たことがありますが、貫通した様子もないし、体内に銃弾が残っている可能性が高い。まずはそれを取り出さないと。
「銃弾を摘出します。少し痛いですよ」
「ぐうっ……」
傷口に躊躇なく器具を差し込むと、銀狼さんはうめき声をあげる。
「ちょっとくらい我慢してください。それでも森の王ですか」
「も、森の王でも、痛いものは痛いのだ」
予想以上に情けない声に、私は拍子抜けしながら作業を続ける。
「残念ながら麻酔はないのです。もう少しですので……ありました! えい!」
「ぐおっ……」
やがて見つけた鉛色の銃弾を力任せに取り出すと、彼は再び叫び声をあげた。
銀狼さんの足の筋肉が硬いのか、銃弾は比較的浅い場所で見つけることができ、私は一安心だった。
◇
……それから止血処置をし、包帯を巻いて治療は完了。
その頃になると銀狼さんも痛みが引いてきたのか、深いため息とともに脱力していた。
「おかげで助かった。礼を言う」
「いえいえ。私が勝手にしたことですから」
相槌を打ちながら手早く道具を片付けると、私は立ち上がる。
「娘よ、村に戻るのか?」
「いえ。銀狼の花嫁になったということは、村から追い出されるということですから。帰る場所もないので、山を越えて別の街に行こうかと」
「……その身一つであの山を越えるというのか? さすがに無謀だろう」
ゆっくりと体を起こした銀狼さんが、木々の間から見える山を見上げながら言った。
「無謀と言われましても、このまま森にいても野垂れ死ぬだけですので」
「この怪我が治れば、山の向こうまで送ってやれる。しばらく我とともに暮らさぬか?」
「はい!?」
続いて彼の口から出た予想外の言葉に、私は耳を疑った。
「我はお前が気に入った。それこそ、
「め、めおと!?」
銀狼さんの口から飛び出した予想外な単語に、これまた大きな声が出てしまう。
「そうだ。お前は村の習わしで、我の花嫁になるべくこの森へ来たのだろう?」
「そ、それはまぁ、そうですが……」
思わず視線をそらし、私は口ごもる。
……怪我の治療をしただけで、この展開は予想していませんでした。彼、本気なのでしょうか。
「なら、良いではないか。何が問題なのだ」
「いやいや、問題ありまくりですよ。人と狼は夫婦にはなれません」
「……ふむ。つまり我が、人の姿になればいいというわけだな」
「は? なんですか?」
思わず聞き返した直後、銀狼さんの巨体が淡い光に包まれた。
やがてその光が収まると、そこには一人の男性が立っていた。
……生まれたままの姿で。