風音たちが深草明理と鐘ヶ江淳と対面してから数日後、綾辻夫妻の元に淳から連絡が来た。
『鐘ヶ江です。綾辻さんのご自宅で間違いないですか?』
「はい。そうですが」
『ありがとうございます。実は綾辻風音さんと同じ遺伝情報を持つ、培養槽に入れられた生命体を調べたところ、生殖能力に問題がある可能性を見つけました』
「……ということは、風音は自然妊娠では子供を持つことができないと?」
『そうなりますね。おそらく、深草明理の遺伝子に何らかの問題があり、それが彼女に残されてしまったものかと。
明理が連れてきた「最高傑作」には問題がなかったので、彼女はそのことを予見していたかもしれません』
「なんてことを……」
『あとで確認したところ、そのようなことが見つかりましたので、早速お伝えしました。くれぐれも風音さんには聞かれないようにお願いいたします』
そこで電話は切れた。
「……作られた命だからか……」
「それだけじゃないと私は思うわ」
「
綾辻
「
もしかしたら、その遺伝子を風音が受け継いでしまったせいで、イレギュラー要素が出たんじゃないかしら」
「そういうことか」
「鐘ヶ江さんの言うように、風音には聞かせない方がいいわ。もし、陸斗君との子供が作れないかもしれないなんて、風音が知ったら……」
「………どういうことなの? お父さん、お母さん」
貴裕はハッとした。聞かれてはいけない本人がそこにいたからだ。
▲▽▲▽▲▽
用事があって、自分の部屋からリビングに降りた私。
『………自分自身で子供を作ることができないと言っていた』
リビングに近づいた時、お母さんの声が聞こえた。
なんの話題だろうと思っていたが、近づくにつれて内容がはっきりと聞こえてしまった。
『鐘ヶ江さんの言うように、風音には聞かせない方がいいわ。もし、陸斗君との子供が作れないかもしれないなんて、風音が知ったら……』
リクとの子供が作れない……?
衝撃的な言葉を聞かされ、ショックで心臓が締め付けられるようだった。
足元がふらつき、壁に手をついて支えた。
「………どういうことなの? お父さん、お母さん」
声が震えた。目の前がぼやけて、何が現実か分からなくなった。
「風音……」
「――風音ちゃん、どこから聞いていたの?」
「深草明理とかいう女が自分で子供を作れないからって言う辺り」
お父さんとお母さんは口を閉ざしてしまった。沈黙が耳鳴りのように響く。
「――ひとつ聞きたいことがある、風音」
「なに、お父さん」
私は床に腰掛けた。膝が震えて立っていられなかった。
「風音は自分のお腹を痛めて子供を生みたいと思うか?」
「できることならそうしたい。リク……陸斗君との子供がほしい」
「もし、それができないかもしれないと言われたら、どう思う」
何も言えなかった。胸が痛くて、涙があふれてきた。
「それも……そうだよな。お母さんは子供が作れなかったという話は聞いたことがあるか?」
「それがあって私を養女にしたと……」
「そうよ。どうやってもお父さん……貴裕さんとの子供が作れなかったの」
お母さんの声も震えていた。
「その時に風音、君を引き取ってほしいという研究員がいてね」
「その人が言うには、物を捨てるように処分しようとしていたから、そんなことはさせないとして……。
でもね、風音ちゃん。私たちと血がつながっていなくても、私たちはあなたを本当の娘として育ててきたわ」
「お母さん……」
涙が止まらなかった。
「今までも、これからも、あなたは『綾辻風音』なのよ。私たちの子供……私たちの娘なのよ。それだけは……」
私はうなづくことしかできなかった。涙で視界が滲んで、言葉が出てこなかった。
△▼△▼△▼
深草明理とかいう
風音の表情には暗い影が差し始めていた。心配になり、何度か話をしようとしたが、風音は何も打ち明けてくれなかった。
そんなある日、俺は思い切って陽夏に気になっていることを打ち明けてみたのだ。
「風音のことなんだけど……。最近、すごく落ち込んでるみたいなんだ。でも、何が原因なのか全然教えてくれなくてさ」
俺はため息をつきながら言う。
陽夏は少し考え込むようにしてから、ふと口にした。
「風音さんは遺伝子をいじられて生まれてきたから……もしかすると赤ちゃんが作れないとか、そういうことかも」
陽夏が何気なく言ったその言葉を聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になった。
赤ちゃんが作れない……?
そんなことが風音に……。
「なあ、陽夏。それは本当なのか……!?」
動揺を隠しきれない声が自分でもわかった。
「はっきりそうだとは言えないけど、ひとつの可能性なんじゃないかなって」
陽夏は無邪気に言ったが、俺の動揺した姿に気づき、表情が曇った。
「でも、陸兄はそういう人を救いたいんでしょう? だからここまで勉強してきたんじゃないの?」
陽夏の言葉が、俺の心に火をつけた。
確かに、俺は困難に立ち向かうためにここまで努力してきたんだ。
風音のために、俺は何でもできるはずだ。
「ありがとう、陽夏。俺、もう一度風音とちゃんと向き合ってみるよ」
俺は決意を新たにし、風音を支えるために全力を尽くすことを誓った。
△▼△▼△▼
俺は綾辻夫妻に連絡を取り、休日に家に伺う許可をもらった。
そして、その日、少し緊張した面持ちで、綾辻夫妻の前に立っていた。
風音はソファに座り、遠くを見つめている。
「風音さんとお付き合いしています」
俺の声は震えていなかったが、その言葉には深い決意が込められていた。
「彼女の体に何か異変があっても、俺は彼女を支えていきたいと思います。そのために、どうか俺たちの関係を認めてください」
俺は頭を深々と下げた。しばらくの沈黙が続いた。
綾辻夫妻は顔を見合わせ、不安と感謝の入り混じった表情をしていた。
「私たちだけでは限界があるかもしれない」
父親が静かに口を開いた。
「その時は陸斗君にお願いしてもいいか?」
「もちろんです。協力させてください」
俺は顔を上げ、真剣な眼差しで夫妻を見つめた。
風音はその様子を見て、ほんの少し微笑んだ。彼女の目には涙が浮かんでいたが、それは希望の涙だった。
綾辻夫妻は深く息をつき、俺の言葉に応えるようにうなずいた。
「ありがとう、陸斗君。風音のこと、よろしくお願いします」
その日から、俺と綾辻夫妻は風音のために協力し合うことを誓った。
俺たちの絆は、風音の異変に立ち向かう強い力となっていくだろうと感じた