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第8話

 風音たちが深草明理と鐘ヶ江淳と対面してから数日後、綾辻夫妻の元に淳から連絡が来た。


『鐘ヶ江です。綾辻さんのご自宅で間違いないですか?』

「はい。そうですが」

『ありがとうございます。実は綾辻風音さんと同じ遺伝情報を持つ、培養槽に入れられた生命体を調べたところ、生殖能力に問題がある可能性を見つけました』

「……ということは、風音は自然妊娠では子供を持つことができないと?」

『そうなりますね。おそらく、深草明理の遺伝子に何らかの問題があり、それが彼女に残されてしまったものかと。

 明理が連れてきた「最高傑作」には問題がなかったので、彼女はそのことを予見していたかもしれません』

「なんてことを……」

『あとで確認したところ、そのようなことが見つかりましたので、早速お伝えしました。くれぐれも風音さんには聞かれないようにお願いいたします』


 そこで電話は切れた。


「……作られた命だからか……」

「それだけじゃないと私は思うわ」

天音あまね、どういうことだ?」


 綾辻貴裕たかひろが言う。


深草明理あのおんなは自分で子供を作ることができないと言っていた。

 もしかしたら、その遺伝子を風音が受け継いでしまったせいで、イレギュラー要素が出たんじゃないかしら」

「そういうことか」

「鐘ヶ江さんの言うように、風音には聞かせない方がいいわ。もし、陸斗君との子供が作れないかもしれないなんて、風音が知ったら……」

「………どういうことなの? お父さん、お母さん」


 貴裕はハッとした。聞かれてはいけない本人がそこにいたからだ。


 ▲▽▲▽▲▽


 用事があって、自分の部屋からリビングに降りた私。


『………自分自身で子供を作ることができないと言っていた』


 リビングに近づいた時、お母さんの声が聞こえた。

 なんの話題だろうと思っていたが、近づくにつれて内容がはっきりと聞こえてしまった。


『鐘ヶ江さんの言うように、風音には聞かせない方がいいわ。もし、陸斗君との子供が作れないかもしれないなんて、風音が知ったら……』


 リクとの子供が作れない……?

 衝撃的な言葉を聞かされ、ショックで心臓が締め付けられるようだった。

 足元がふらつき、壁に手をついて支えた。


「………どういうことなの? お父さん、お母さん」


 声が震えた。目の前がぼやけて、何が現実か分からなくなった。


「風音……」

「――風音ちゃん、どこから聞いていたの?」

「深草明理とかいう女が自分で子供を作れないからって言う辺り」


 お父さんとお母さんは口を閉ざしてしまった。沈黙が耳鳴りのように響く。


「――ひとつ聞きたいことがある、風音」

「なに、お父さん」


 私は床に腰掛けた。膝が震えて立っていられなかった。


「風音は自分のお腹を痛めて子供を生みたいと思うか?」

「できることならそうしたい。リク……陸斗君との子供がほしい」

「もし、それができないかもしれないと言われたら、どう思う」


 何も言えなかった。胸が痛くて、涙があふれてきた。


「それも……そうだよな。お母さんは子供が作れなかったという話は聞いたことがあるか?」

「それがあって私を養女にしたと……」

「そうよ。どうやってもお父さん……貴裕さんとの子供が作れなかったの」


 お母さんの声も震えていた。


「その時に風音、君を引き取ってほしいという研究員がいてね」

「その人が言うには、物を捨てるように処分しようとしていたから、そんなことはさせないとして……。

 でもね、風音ちゃん。私たちと血がつながっていなくても、私たちはあなたを本当の娘として育ててきたわ」

「お母さん……」


 涙が止まらなかった。


「今までも、これからも、あなたは『綾辻風音』なのよ。私たちの子供……私たちの娘なのよ。それだけは……」


 私はうなづくことしかできなかった。涙で視界が滲んで、言葉が出てこなかった。


 △▼△▼△▼


 深草明理とかいう最低な女くそおんなとの対面から一週間が経った。

 風音の表情には暗い影が差し始めていた。心配になり、何度か話をしようとしたが、風音は何も打ち明けてくれなかった。

 そんなある日、俺は思い切って陽夏に気になっていることを打ち明けてみたのだ。


「風音のことなんだけど……。最近、すごく落ち込んでるみたいなんだ。でも、何が原因なのか全然教えてくれなくてさ」


 俺はため息をつきながら言う。

 陽夏は少し考え込むようにしてから、ふと口にした。


「風音さんは遺伝子をいじられて生まれてきたから……もしかすると赤ちゃんが作れないとか、そういうことかも」


 陽夏が何気なく言ったその言葉を聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になった。

 赤ちゃんが作れない……?

 そんなことが風音に……。


「なあ、陽夏。それは本当なのか……!?」


 動揺を隠しきれない声が自分でもわかった。


「はっきりそうだとは言えないけど、ひとつの可能性なんじゃないかなって」


 陽夏は無邪気に言ったが、俺の動揺した姿に気づき、表情が曇った。


「でも、陸兄はそういう人を救いたいんでしょう? だからここまで勉強してきたんじゃないの?」


 陽夏の言葉が、俺の心に火をつけた。

 確かに、俺は困難に立ち向かうためにここまで努力してきたんだ。

 風音のために、俺は何でもできるはずだ。


「ありがとう、陽夏。俺、もう一度風音とちゃんと向き合ってみるよ」


 俺は決意を新たにし、風音を支えるために全力を尽くすことを誓った。


 △▼△▼△▼


 俺は綾辻夫妻に連絡を取り、休日に家に伺う許可をもらった。

 そして、その日、少し緊張した面持ちで、綾辻夫妻の前に立っていた。

 風音はソファに座り、遠くを見つめている。


「風音さんとお付き合いしています」


 俺の声は震えていなかったが、その言葉には深い決意が込められていた。


「彼女の体に何か異変があっても、俺は彼女を支えていきたいと思います。そのために、どうか俺たちの関係を認めてください」


 俺は頭を深々と下げた。しばらくの沈黙が続いた。

 綾辻夫妻は顔を見合わせ、不安と感謝の入り混じった表情をしていた。


「私たちだけでは限界があるかもしれない」


 父親が静かに口を開いた。


「その時は陸斗君にお願いしてもいいか?」

「もちろんです。協力させてください」


 俺は顔を上げ、真剣な眼差しで夫妻を見つめた。

 風音はその様子を見て、ほんの少し微笑んだ。彼女の目には涙が浮かんでいたが、それは希望の涙だった。

 綾辻夫妻は深く息をつき、俺の言葉に応えるようにうなずいた。


「ありがとう、陸斗君。風音のこと、よろしくお願いします」


 その日から、俺と綾辻夫妻は風音のために協力し合うことを誓った。

 俺たちの絆は、風音の異変に立ち向かう強い力となっていくだろうと感じた

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