俺の両親が陽夏を説得した後、彼女はまるで別人のように変わった。
以前のように俺を妨害することはなくなり、むしろ俺と風音の関係を積極的にサポートするようになったのだ。
例えば、俺が風音と通話している時にわざと邪魔をすることはなくなり、通話が終わるまで静かに待つようになった。
風音が家に来た時には、彼女と積極的に会話を交わし、仲良くしようと努力していた。
俺たち高月兄妹と風音が仲良くなってきたある日のこと。
「リク、お願いがあるの」
家に遊びに来た風音が俺に相談を持ちかけてきた。かなり真剣な表情でいる。
「どうしたの?」
言い出すのがかなりしんどいみたいで、うまく言葉が紡げないらしい。
「その……私の遺伝子上の両親と面談することになったの。私の両親も来てくれるんだけど、両親だけじゃ心細いの」
風音は声を震わせながら言った。目には涙が浮かび、その瞳は不安と恐怖で揺れていた。
「陸兄……」
陽夏が口を開きかけたが、俺はそれを制した。
「言わなくてもわかってるよ、陽夏。風音は俺たちにも同席してほしいんだろう?」
俺は優しく微笑んだ。
「うん……そうなの……」
風音が力なく答える。
「もちろんだよ」
俺は震える風音の両手を握りしめた。
「風音が必要としているなら、俺たちはどこにでも一緒に行くよ」
「ありがとう、リク、ハルちゃん」
△▼△▼△▼
――迎えた面談の日。
俺、陽夏、風音と風音の両親は「ライフコード探求センター」の前に集まっていた。
「風音、緊張しているかい?」
「少しだけ。でも、お父さんにお母さん、それにリクとハルちゃんがいてくれるから」
「……よし、行こう」
案内役の研究員に連れられた場所は、研究施設の会議室だった。
足を踏み入れた瞬間、冷たい空気が肌に触れた。
LEDの電灯の光が、無機質な机と椅子を照らし、緊張感が一層高まる。
そこにはすでに二人の男女が座っていた。
最初に風音が案内され、風音の両親、俺、陽夏の順で案内される。
風音の隣に俺が座り、風音の両親、陽夏の順に座ることになってしまった。
「はじめまして、皆様。私は
その隣りに座っているのが同研究員、
明理と呼ばれた女性はペコリと頭を下げた。
その瞳には狂気が宿り、まるで獲物を狙う猛獣のように風音を見つめていた。
「さっそく本題から入りましょう。綾辻風音さん、あなたがここにいるのは私の研究の結果なのよ」
彼女の目は冷たく、どこか狂気を感じさせるような瞳で風音を見る。
「私は自分の体で子供を生むことができないことがわかった。それでも私は自分自身の子供を持つ夢を諦めたくなかった」
「その過程で私が生まれたってこと?」
「その通り。それならばと私の理想の子供を作り出そうと、試行錯誤を繰り返した結果なのよ」
「……じゃあ、私は……」
「簡潔に言ってしまえば、あなたは私のエゴで生まれたようなものなのよ」
風音は言葉を失ったような表情をする。
「そんな……そんな理由で……私は……私は……!!」
怒りで震え始める風音。
「試行錯誤……とおっしゃいましたよね、深草さん」
俺の声はかすかに震えていた。
深草さんは冷静に頷いた。
「それなら、風音のように生み出された生命があったはずですよね。どうなったんですか?」
「培養槽に入れて、臓器取りやさらなる実験材料に使っているわね」
「――ッ!!」
なんのためらいもなく言いのけた深草明理に怒りが込み上げ、机を叩いてしまった。
「貴様ァ! 人の命をなんだと思ってやがる!」
「た、高月君!?」
「ふざけんな! 風音も不適合だったらそうするつもりだったんだろ!」
驚く風音の父を無視して言う俺。
俺の声が震え、拳が強く握りしめられていた。心臓が激しく鼓動しているのを感じながら、俺は怒りに燃えていた。
その怒号に全く表情を変えない明理。
「当然彼女のやったことは許されるわけではない。私も同罪だ。許してほしいというわけではない。
だが罪滅ぼしはさせてほしい。だから綾辻夫妻に彼女を預けたのだ」
「……鐘ヶ江さん」
「明理のやったことは狂気そのものだ。最初は協力的だった研究員も多くいたが、彼女の狂気を知ってからどんどん離れていってしまい、私だけになったのだ」
「それじゃあ、鐘ヶ江さんがいなかったら私はこうしてあなたたちの前にいることも、陸斗と会うこともなかったということですね……?」
風音の言葉に鐘ヶ江さんは静かに頷いた。
「………深草明理。アンタは私の母親なんかじゃない。私はアンタのエゴの産物でも実験材料でもない。『綾辻風音』という一人の人間よ!」
明理は表情を変えなかった。冷たく狂気的な瞳を風音に向けている。
「……けど私の肉体をよく知るのはアンタたちなのだから責任は持ってくれるわよね」
「もちろんだ。それが私の罪滅ぼしになるのなら」と鐘ヶ江さんだけが答えた。明理は答えない。
「――確かに風音の言う通りだわ」
風音の母親が口を開いた。
「深草明理さん、遺伝子上は風音の母親かもしれないけど、一人の人間の母としては名乗ることがおこがましい所業をしているわね。
母親というのは、どういう経緯であれ、自分の血を持つ子供を大切にするものではなくて? それを臓器取りにしているだの、実験材料にするだの……。
子供を持つ夢なんてあなたは持っちゃいけなかったのよ。そんな理由で生み出された子供が可哀想だわ。風音だってそうよ。こんなのが母親だなんて可哀想」
風音母の言葉に思うところがあったのか、表情が変わる明理。
「……『綾辻風音』は私の理想の遺伝子を持ってくれるはずだった。でも、瞳の色を決める遺伝子を見てショックだったわ」
風音の目を指差す明理。
「『綾辻風音』の瞳の色は、私の嫌いな青色だったのよ!!」
「……そんな理由で、捨てようとしたのか」
「それがどうかしたっていうの? ……まあ、いいわ」
突然、明理が席を立ち、しばらくして一人の少女を連れて戻ってきた。
その少女を見た瞬間、全員が息を飲んだ。彼女は風音と瓜二つだったが、瞳の色だけが違った。
彼女の目は風音の青い瞳とは対照的に、茶色の瞳だった。
「これが私の最高傑作。『綾辻風音』とは全然違うわ」
明理の最高傑作という少女を見た陽夏以外が二の句を告げなかった。
なぜ陽夏以外なのかと言うと。
「陸兄の言った通りね。深草明理、アンタは女としては最低最悪よ。こんなのが同じ性別だっていう事実に反吐が出るわ。不愉快極まりない」
陽夏の声は冷たく、それでいて燃えるような怒りが込められていた。
彼女の目には涙が浮かんでいたが、それは悔しさと怒りから来るものだった。
「――鐘ヶ江さん、申し訳ありませんが、そろそろ俺たちはお暇しようと思います」
「あぁ、はい……」
風音父の言葉に、申し訳無さそうに会議室のドアを開けた鐘ヶ江さん。
明理は冷たく狂気的な瞳に戻り、出ていく俺たちを見ていた。
「うちの明理が大変不愉快にさせたようで申し訳ありませんでした。
風音さんに関しましては、なにかわかれば、私が責任を持ってそちらにご連絡いたしますので、何卒よろしくお願いします」
と、深々と頭を下げる鐘ヶ江さん。
俺たちはセンターを出る時、鐘ヶ江さんだけが見送りに来てくれたことにほっとした。
彼の誠実さが伝わり、少しだけ心が救われた気がした。