夕暮れ時の教室。
教室の窓ガラスがスマートガラスに切り替わり、夕暮れの光を自動調整して柔らかく取り込んでいた。
窓から差し込む柔らかな光が、私たちの姿を優しく包み込む。
私は自分の事実を高月君にぶつけていいのかと、告白されてからずっと考えていた。
彼なら受け止めてくれると信じている。
けど、本当に受け止めてくれるのだろうかという不安は強かった。モヤモヤしたまま、私は数日間考えていた。
そして今、ついに決心がついた。
「高月君……私、あなたに話さなきゃいけないことがあるの」
私の声が少し震えているのがわかる。高月君はいつもの優しい眼差しで私を見つめている。
「実はね、私は自然に生まれてきた女の子じゃないの。遺伝子操作されて、人工子宮で生まれてきたのよ」
言葉を吐き出すと同時に、心臓が激しく鼓動するのを感じた。
高月君の反応が怖くて、目を閉じてしまいそうになる。
過去の記憶がフラッシュバックのように蘇る。
――遺伝子操作のニュースに対する世間の冷たい視線。
――人工子宮で生まれてきたことへの自分自身の違和感。
彼がどう思うのか、怖くて仕方がなかった。
「――あぁ、そうだったの。もっと
「え?」
予想外の反応に、私は目を丸くした。高月君の表情には、驚きも嫌悪も見られない。
「俺からすれば『そうなんだ~』程度だよ。風音が母親の胎内から生まれてきた人間じゃないって言われても、だからなにって思ってる」
高月君の言葉に、私の中で何かが崩れていくのを感じた。
長年抱えてきた不安や恐れが、彼の言葉によって少しずつ溶けていく。
「なんとも……思わないの?」
「思わないよ。だって、俺は『
綾辻さんがどう生まれてきたって『
遺伝子操作されて人工子宮で生まれてきたって言っても、別に気にしてなかったけど?」
高月君の言葉が、私の心に暖かい光を注ぐ。涙が溢れそうになるのを必死に堪える。
「――高月君……!」
気がつけば、私は彼に抱きついていた。高月君の体温が、私の全身に広がっていく。
「ちょっ、綾辻さん!?」
「……『風音』って呼んで。陸斗君」
「かっ……風音……さん……」
陸斗君の声に、私の名前が乗る。それだけで、幸せが溢れてくる。
こうして私たちは恋人同士になった。夕焼けに染まる教室で、新しい関係の始まりを迎えた瞬間だった。
△▼△▼△▼
それから風音さんの目には以前にはなかった暖かさが宿っていた。
そして、日々、風音さんの表情が柔らかくなっていくのを感じる。
最初は微かな変化だったが、徐々に周りにも気づかれるほどになっていった。
クラスメイトはそんな風音さんを見てざわついていた。
「どうやって氷の女を溶かしたんだ?」
と聞いてくるやつがいた。
俺は「彼女が心を開いたんだよ」と返すに留めた。
本当の理由を言う必要はなかったし、それを言葉にすることは、まだ俺には早すぎる気がしていた。
昼休みに誰もいないところに誘い込んでは抱きついて、唇を重ねてくる風音さん。
その姿はまるで別人のようだった。しかし、彼女の本質は変わらない。
確かに、風音の告白を聞いて驚いた。でも、それ以上に彼女が自分を信頼して打ち明けてくれたこと。
そして、愛してくれていることが何よりも嬉しかった。
もうひとつの変化といえば、風音さんは誰かいる前では陸斗君とは呼ぶのだけど、二人きりの時は俺のことを『リク』と呼ぶようになった。
以前は図書室でしか話さなかった俺たちが、今では休み時間にも互いを求めるようになっている。
その変化に、俺自身が驚いていた。こんなに変化するとは思っても見なかった。
「ねえ、リク。明日は食堂でなにか食べようよ。私からリクのお母さんにも言っておくからさ」
「どうしてまた?」
「恋人同士なんだしさ、食べるものをシェアしながら食べようよって考えたからなんだけど……どうかな」
風音さんからそんな提案をすることもあった。もちろん、俺は受け入れた。
食堂のデジタルメニューから、俺と風音さんが食べたいものを選んで、お互いに食べたりしていた。
そして寝る前に「リクの声が聞きたい」と言って夜中に通話してくることもあった。それはそれでいいのだが……。
風音と付き合い始めてから、家に帰ると、陽夏の視線が俺に突き刺さるのを感じることが多くなった。
「お兄ちゃん、最近変わったね」
陽夏の言葉には、羨望と不安が入り混じっているように聞こえた。
彼女の目には、何か言いたげな思いが宿っていた。