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第4話

 いつものように朝を迎えた私は、制服に着替えて、学園に向かう。

 朝の冷たい空気が頬をかすめ、新しい一日の始まりを告げていた。

 私がクラスに現れても周りは一瞥するだけで、誰も挨拶を交わそうとしない。

 教室に漂う無関心な空気が、いつもの重しのように胸に乗っかる。別にいいんだ。これで。

 私は彼に会うためだけに学園に来ていると行っても過言ではないのだから。

 しばらくして、教室のドアが開く音が聞こえた。その音に、心臓が小さく跳ねる。


「おーい、陸斗。どうした? なんかお前らしくない時間で現れたな?」

「うっせー。あんま眠れなくて遅くなっただけだ、バーローめ」


 高月君が来た。

 そのことだけで、私の胸が高鳴るのを感じた。

 まるで、長い冬の後に訪れる春の陽気のように、彼の存在が教室全体を明るくするように感じる。

 昨日の夜に彼に会えなくて寂しさを感じていたから?

 それとも、単に彼の存在そのものが私にとってかけがえのないものになっているから?

 高月君は私がいることはわかっているかもしれないが、クラスメイトとおしゃべりをしていて気づいていなかった。

 彼の楽しそうな笑い声が、遠くから聞こえてくるラジオの音のように私の耳に届く。

 お昼休み、少しでも彼と一緒にいたくて、つい誘ってしまう。


「高月君、お昼一緒にどうかな」

「ああ、いいよ」


 それでもにこやかに彼は私の誘いを受け入れてくれる。

 彼と他愛もない話をする時、自分自身がすごく素直に言葉を出していることに気づく。

 家族以外にこんな気持ちで話すのなんて初めて……。

 私は高月君のことを好きになっているのだろうか。それとも……。


 ――でも、私の中には大きな不安がある。


 それは私が自然妊娠により生まれてきた女の子じゃないから。

 遺伝子操作によって生まれた人工生命体という変えられない事実があるから。

 私は作られた命であることを、中学生の時に知ってしまい、一時期は荒れて人を傷つけることを平気でしてしまっていた。

 せっかく仲良くなってもそれを知った人間は、私から離れていってしまった。

 身体的な成長が著しかったこともそれに拍車をかける。

 作られた命であることを知った頃から、身長も肉体も大きく成長していき、中学生とは思えないほどの体つきになっていた。

 中学時代は誰とも仲良くできないまま、高校生になった。

 一年目も中学時代と同じことが繰り返され、結局高校時代も孤独のまま終わるのかなと思っていた。

 その矢先に、高月陸斗という純粋で優しい男の子に出会った。

 彼は私が自分を守るために否定的な言葉を発しても、受け入れて気にしてない雰囲気をしてくれている。

 私は彼の優しさに委ねてしまいたいと思ってしまう。

 ……それが彼に対しての恋心になるとは、自分でも気づいていなかった。


 ▲▽▲▽▲▽


 お互いに照れがあってぎこちなくなってきたある日の放課後。

 いつものように図書室で本を読んでいた。高月君と一緒に過ごすこの時間が、私にとっての安らぎの瞬間だった。

 本を片付けようと少し上の方に手を伸ばした瞬間、バランスを崩してしまった。その時、彼がとっさに私を受け止めてくれた。


「い、てて……」

「ごめん、高月君! 大丈夫?」

「へ、へへ……大丈夫……だけど……。俺の方こそごめん」


 背中から抱きしめられる形になってしまった。彼の腕の中にいると、心臓がドキドキしているのがわかった。

 こんなに近くで触れ合うのは初めてで、驚きと同時に心地よさも感じた。


「いいのよ。本当にだいじょう……ぶ!?」


 起き上がろうと振り向いた瞬間、高月君に抱きしめられた。

 彼の温もりが直に伝わってきて、私の心臓はけたたましく鼓動していた。


「た、高月君!?」

「ごめん、綾辻さん。……俺は綾辻さんを好きになってしまったんだ」


 高月君の突然の告白に、頭が真っ白になった。まさか、こんな形で彼の気持ちを聞くとは思わなかった。


「い、いきなりどうしたの……!?」

「いきなりのことで戸惑うのもわかるし、ムードもないと思う。でも、俺はもう我慢できなかったんだ」


 私の心も彼の気持ちを受け止めようとしていた。どう答えればいいのか、混乱している自分がいた。


「高月君……?」

「俺は綾辻さんのことを『女の子』として好きなんだ」


 古い本の匂いと、静寂に包まれた図書室。その中で、高月君の告白の言葉が、小さな波紋のように広がっていった。

 彼の言葉に、何も返せなかった。どうしていいかわからなかった。

 でも、彼の気持ちを受け止めることができるような気がした。

 高月君の優しさに触れた瞬間、私は自分の中にある不安や恐れが少しずつ消えていくのを感じた。

 そして彼の告白の言葉は、凍えていた私の心に差し込む一筋の光のようだった。

 その温かさに触れ、少しずつ氷が溶けていくような感覚がした。


「ありがとう、高月君……」


 彼の気持ちに感謝の言葉を返すことしかできなかった。

 でも、その言葉には彼への感謝と、少しずつ自分の気持ちに向き合う決意が込められていた。

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