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第3話

 昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室でお弁当を広げたり、食堂に向かう学園生が出たりする。

 廊下には最新のホログラム掲示板が浮かび、部活動の案内や学校行事の予定が鮮やかに表示されていた。

 俺はお弁当を持って食堂に向かうタイプの学園生で、いつもそうしているのだが、今回は違った。


「高月君」


 ――そう。綾辻風音の存在だ。

 背が高く、しなやかな体つきは高校生のそれを超えている。

 肩まで伸ばした茶色の髪で、青い瞳は青空のように透き通った雰囲気を放っている。彼女が近づくにつれ、かすかに花の香りが漂ってきた。


「綾辻さん、どうしたの……って……」


 俺は彼女の持っているものを見て、「じゃあ、一緒に食堂に行く?」と言った。心臓が少し早く鼓動するのを感じる。


「そのつもりだったのだけど、いいかしら」

「もちろん。俺もそのつもりだったんだ」


 食堂は相変わらず騒がしかったが、各々が楽しそうに食事を取っているのがわかる。

 大型ディスプレイには日替わりメニューとその栄養価が表示され、テーブルに埋め込まれたタッチパネルで追加注文ができるシステムが目に入る。

 その喧騒から少し離れた場所に俺と綾辻さんは腰掛けて、お弁当を広げた。


「……その、良かったかなって」

「ふぁに(なに)が?」


 冷凍の唐揚げを頬張りながら反応する俺。唐揚げの香ばしい香りが鼻をくすぐる。


「高月君と昼休みでも話をしたいなぁ、と思ったから……なんだけど」

「んぐっ……。――綾辻さんがそれでいいなら、俺はいいと思うよ。どうせ、この喧騒をBGMに弁当を食べるつもりだったし」


 口に入れたものを麦茶で流し込んだ後、綾辻さんに言う。

 彼女は優雅にお茶を啜っていて、その仕草の違いに思わず笑みがこぼれた。


「そうだったんだ」

「まあ……なんというかさ、教室は少し居心地が悪いし」

「それは私も同じ」


 綾辻さんもそう感じていたのか。

 この学園にはもっと優秀なやつがいると思うが、あのクラスの中では特例みたいな存在でいるからか、あまりいいように思っていない連中もいるんだろうなと。

 その部分はよくわからないが、俺の言葉に同意してくれたということは、綾辻さんも同じように感じているからだろうか。


「けどそれでいいんだ。私は」

「どうして?」

「……そのうち、高月君も私への興味を失うだろうし」


 ……時折、否定的な言葉が出るんだよね、綾辻さんって。その言葉に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 彼女の自己否定的な態度の裏に、どんな思いが隠されているのだろう。


「そう……かな。でも今は綾辻さんと仲良くしたいと思っているよ、俺は」

「ありがとう」


 なにかと引っかかりを覚えるような言葉を残す綾辻さん。どうしてなんだろう。

 ――この時、俺は綾辻さんのことをもっと知りたいという欲求が、恋心に転じるとは予想もしていなかった。


「あ、そうだ。綾辻さん、この前の生物の課題どうだった? 俺、ちょっと苦戦しちゃって……」

「私は……まあ、なんとか。高月君も頑張ったんでしょう?」

「うん、でも綾辻さんほどじゃないよ。やっぱり天才は違うね。」

「そんな……私なんて……」


 綾辻さんの言葉に、俺にはまだ見えない彼女の一面がある気がして、それを知りたいという衝動に駆られた。


 ▲▽▲▽▲▽


 食堂の喧騒から少し離れた静かな場所で、私は高月君と一緒にお弁当を広げた。彼の隣に座っていると、不思議と心が安らぐ。

 まるで、嵐の中で見つけた避難所のように。

 普段の私なら、こんなにも素直に話すことはない。でも、彼の存在には特別な安心感がある。

 その理由は自分でもわからないけれど、彼の優しさや純粋な眼差しに触れるたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるのだ。


「高月君と昼休みでも話をしたいなぁ、と思ったから……なんだけど」


 声が震えないように気をつけながら話す。でも、彼の反応は予想外だった。


「んぐっ……。――綾辻さんがそれでいいなら、俺はいいと思うよ。どうせ、この喧騒をBGMに弁当を食べるつもりだったし」


 彼の温かい言葉に、胸がじんと熱くなった。どうして、こんなにも自分を肯定してくれるのだろう。

 周りの人たちとは違う。私は、自分の存在をあまり肯定的に捉えることができない。

 でも、高月君は違う。彼は、私がどんなに否定的なことを言っても、それを受け入れてくれる。


「……そのうち、高月君も私への興味を失うだろうし」


 そう言った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。自分を守るための防衛策、それがこの言葉だった。

 自分を守るために、そんな言葉を使ってしまう。


「そう……かな。でも今は綾辻さんと仲良くしたいと思っているよ、俺は」


 その言葉に、心の氷が少しずつ溶けていくような気がした。


「ありがとう」


 彼の言葉に、少しだけ救われた気がした。私は自分の中にある不安や恐れを、彼の優しさに委ねてみたいと思うようになっていた。

 ――この関係がずっと続けばいいのに。

 そんな願いを抱きながら、私は彼の隣にいる時間を大切にしようと心に誓った。


 学園から家に戻ると、静寂が部屋を包み込み、ひとりきりの時間が急に寂しく感じられた。

 自分の中で『高月陸斗』という存在が日に日に大きくなっていることを、痛感する。

 彼の笑顔や優しい声が頭から離れない。どうしてこんなにも彼に惹かれてしまうのだろう。


「会いたい……」


 気づくと、そんなことばかり考えていた。

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