放課後の図書室で俺は一人、生命科学や生命工学の本をひたすら読み漁っていた。
ページをめくる音だけが響く、静寂に包まれたような空間。このひとときが一番好きな時間だったりする。
図書室の本棚には、古びた紙の本と最新鋭のホログラフィック・ディスプレイが並んでいる。
ディスプレイは触れると即座に反応し、遺伝子の二重螺旋や細胞分裂の過程を3D映像で浮かび上がらせる。
色鮮やかに回転するDNAの模型は、まるで生命の秘密を目の前で解き明かしているかのようだ。
俺は時々、このディスプレイを触りながら、生命の神秘に対する畏怖と興奮を覚えるのだった。
俺が通う『
科学に特化したこの学園は、日々最先端の技術が飛び交う場所だ。
『ライフコード探求センター』では、遺伝子操作を中心に研究が進められており、特に人工的に生命を創造する分野で世界的に注目されている。
研究所のガラス張りの建物は未来的なデザインで、内部では白衣をまとった研究者たちが忙しそうに行き交っている。
この私立の高等教育機関は、まさに未来の生命科学の最前線に立っているのだ。
俺がこの学園にいる理由は明白だ。小学生の時、遺伝子操作で誕生したクラスメイトと出会い、彼の能力の高さと特異な存在感に圧倒された。
そして、5歳の頃に生まれた妹、
遺伝子操作による生命創造の神秘に対する探究心は、学園側からの
――さて、俺は、一つ本を読み切ったので、元の棚に返そうと立ち上がり、戻ったとき、棚の前に一人の少女が視界に入った。
彼女は一際目を引く存在だった。身長は170センチはあろうかという長身で、しなやかな体つきは高校生離れしている。
瞳の奥には、年齢不相応な知性の輝きが宿り、肌は人工的なまでに完璧だ。
まるで遺伝子工学の結晶のような美しさに、思わず息を呑んでしまう。
こんな存在が本当に人間なのか、それとも最新の生命工学の産物なのか、俺の中で疑問が湧き上がった。
「あの、ちょっといい?」
「うん?」
「その本、私も読んでみたいんだけど、貸してもらえる?」
「あ……もちろん。どうぞ」
戻そうと思っていた本を美少女が読みたがっていたらしいので、手渡した。
その瞬間、彼女の瞳が一瞬きらめいたように感じた。俺はその瞳に引き込まれそうになりながら、本を渡した。
その美少女は、俺から本を受け取ると、空いている席に座り、読み始めたようだ。
俺はその美少女が気になってしまい、本を読んでいても、あまり内容が入ってこなかったのだ。
△▼△▼△▼
翌日の放課後も同じような本を選び、読書にふけっていた。
(そういえば、明日の授業は探求センターの研究員が講師として来るんだったっけか……)
本を手に取りながらそんなことをぼんやり考えていると、昨日出会った美少女を見つけた。
(うーん……。やっぱり、彼女は本当に高校生なんだろうか?)
なにか人を惹きつけるような見た目をしているのに、この図書室にいるというのが不思議だった。
彼女もまた、俺と同じジャンルの本を手に取り、その本に目を向けている。
同じようにそういうジャンルに興味があるんだろうか。
近づいてみてもいいかな?
そんなことを考えながら、俺は彼女に近づいてみた。
「……あ、昨日の」
「隣、いいかな」
「いいよ」
俺は心臓が少し早く鼓動するのを感じながら、彼女の隣に座った。
彼女はちらりと俺を見てから、また本に目を戻した。その仕草がなんだか愛おしかった。
「……そうだ」
「なに?」
「ねえ、君の持ってきた本、私も読んでみたいんだけど、いいかな」
「いいよ。そのかわり、俺もそれを読んでみたいんだけど……」
「いいわよ」
彼女は微笑みながら答えた。その笑顔に、俺は少しだけ勇気をもらった気がした。
俺たちは、お互いが持ってきた本を取り替えっこしながら読んでいた。
そうしているうちに、下校時間が来て、図書室を出ることになった。
「明日の放課後、よかったら図書室で会いたいけど、どうかな」
「あなたがそれでいいなら、私はそれで構わないわ」
俺はこの美少女がどんな女の子なのかすごく気になっていた。
△▼△▼△▼
夜、ベッドに横たわりながら、今日読んだ本の内容を反芻していた。
遺伝子操作技術の進歩は、人類に無限の可能性をもたらす。
病気のない社会、長寿、さらには超人的能力さえも。
しかし同時に、それは人間の本質を変えてしまうのではないか。
『人間らしさ』とは何なのか。
進化と倫理の狭間で、我々はどこに向かっているのか。
そんな問いが、俺の頭の中を巡り続けていた。
そして、図書室で出会う美少女。
彼女が生み出された経緯はわからないが、高校生離れしている体躯からして、大方遺伝子操作によって生まれたのだろうと思う。
そうでなければ、俺の中で納得することができないからだ。
……そのあたりは、おいおいわかってくるだろうと思い、俺は眠りについた。