「山谷さんの保護観察処分という意見も、別所さんの少年院送致という意見も、どちらも一定の正当性を持っているように感じられます。どちらかが明らかな間違いだということは、決してないでしょう。でも、その上で私の意見を言わせていただいてよろしいですか?」
雫と別所の間で処遇に対する意見が異なるのなら、三人目である那須川の意見を聞くのも当然だろう。
雫たちは小さく頷く。那須川は今一度二人の顔を交互に見ると、一息おいてから口を開いた。
「山谷さんは心苦しいのですが、結論から申し上げますと、私は大石さんには少年院送致が適当であると考えます。私も大石さんが書いた日記や、お二人による面接や行動観察の記録には、全て目を通していただきました。その上で、大石さんが今回のことに対して十分な反省をしているとは、正直なところ私にも思えません。保護観察処分のメリットも重々承知していますが、私はそれよりも少年院送致に付して、矯正教育を受けてもらうことが一番、大石さんのこれからの人生のためになると考えます」
那須川が述べた意見は、雫のそれとは異なっていて、雫は自分の意見が否定されたような感覚を抱いてしまう。
分かっている。那須川に雫を否定する意図は、少しもないことは。
それでも、少年院送致にさらなる一票が加わったことで、雫はさらに追い詰められる心地がした。これは多数決で決める類の論題ではない。それでも、雫は自分が窮地に立たされたと、思わずにはいられなかった。
「えっと……。確かに私はまだここに配属されて三ヶ月になるくらいで、経験ではお二人に遠く及ばないんですけど、それでも私なりに精いっぱい考えて出した意見なんですが……」
「山谷さん、そのことは私たちも分かっています。念のため言っておきますが、山谷さんが間違っていると言いたいわけではありません。どちらの処遇にも長所があって、そのどちらがより今の大石さんに適した処遇なのか。今私たちがしているのは、そういう話です」
那須川に落ち着いて諭されて、雫は自分が子供じみたことを言っていると気づく。大石のことを深く考えた末の意見なのは、別所も那須川も変わらないというのに。
それでも、雫はすぐには二人の意見を受け入れられない。経験を積んだ者の意見の方が常に正しいということはないとさえ、思ってしまっていた。
「……お二人は、もしかして私に諦めろと言っているんですか? 大石さんの両親が態度を変えることはないと思っているんですか? そんなの分からないじゃないですか」
「そういうわけではないですよ、山谷さん。私たちが少年院送致にすべきだと考えているのは、その方が大石さんとご両親の双方にとって変化が見込めるからです。いくらご両親が大石さんに関心が薄いといっても、息子が少年院送致になったら何も思わないはずがないでしょう」
「それって、つまりはショック療法だってことじゃないですか。そこまでしなきゃ大石さんの両親は分からないって、言っているのと同じことじゃないですか」
「山谷さん、さすがにその言い方はどうでしょうか。山谷さんは保護観察処分よりも少年院送致の方が、絶対的に重い処遇だと思っていませんか?」
「それは……」
「山谷さん、本来三つの保護処分、保護観察処分、少年院送致、そして児童自立支援施設又は児童養護施設送致に軽重はないんですよ。ただ特徴や方向性が異なるだけで。ケースによっては、少年にとっては少年院送致よりも保護観察処分の方が、厳しく感じられる場合もありますから」
那須川が雫に諭した内容は、冷静に思い返せば、雫も大学や集合研修で学んできたことだった。どうして忘れていたのだろう。
少年院送致をより重い処遇だと考えて、大石がそうならないように配慮していた。その側面を雫は否定できない。
自分なりに適切な処遇だと自負していたはずの意見が、途端に輪郭をあやふやにしていく。
「山谷さん、今一度考えてみてください。私たちは少年院でより多くの自省する機会を与える方が、大石さんのためになると考えているのですが、どうでしょうか? 当然、保護観察処分にも少年院送致にはない利点があることは承知しています。それでも、今の大石さんには少年院という場所で、自分がしたことと向き合う時間が必要だと思っているのですが、いかがでしょうか?」
「それって私に『はい』って言わせようとしてます?」胸の奥から湧いた疑問を、雫は喉でせき止めた。自分を見つめてくる二人の目は穏やかでも、雫は少し威圧的なものを感じてしまう。
だけれど、別所の言葉は雫にも、再考させる余地を作っていた。何が一番大石のためになるのか。それを考えれば、自分の意見を通したいという思いは障害になるだけだろう。
意見を変えることは、必死に考えたこれまでの自分を否定することには決してならない。再考していくうちに、雫はそう考えられるようになっていた。俯きかけていた顔を上げる。そして、二人の目を見て口を開いた。
「そうですね。確かに少年院送致の方が、自分と向き合う時間は取りやすいですし、矯正教育による効果も期待できますね。もしかしたら私は大石さんのことが可哀想だと思って、保護観察処分を提案したのかもしれないんですけど、でもお二人の話を聞いて、そんなことは決してないと思えました。私も今は、少年院送致が一番大石さんに適した処遇だと考えます」
雫がそう言ったのは、多数決の原理に押しつぶされたからではなかった。しっかりともう一度考え、心から納得して出した結論だ。少年院送致に付されたからといって、大石の未来が閉ざされるようなことはないだろう。
意見を改めた雫に、二人も頷いている。表情から自分たちの意見を通せたという優越感は、雫には見られなかった。
「分かりました。では、鑑別所からの処遇に対する意見は、少年院送致が適当であるとするということで、二人ともよろしいですか?」
別所とともに、雫は頷く。意見を変えたことによる後ろめたさは、雫にはなかった。
「了解しました。それでは、ここからは通知書に記載する詳細について検討していきましょう。まず大石さんの成育歴についてですが……」
那須川の進行のもと雫たちは、通知書に記載する内容を一つずつ確かめていく。これまでの鑑別で必要な情報は得られていたから、検討は滞りなく進んだ。
雫も内容を確認しながら時折意見を挟む。取り入れられるかどうかは別にしても、二人は雫の意見を反射的に否定せずに、まずは受け入れてくれていたから、雫も思い切って自分の意見を言うことができていた。