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第41話


「それでは、これから今日の面接を始めます。大石さん、よろしくお願いします」

 第一面接室で向かい合って座って、雫がそう声をかけてみても、大石は不機嫌そうに「よろしくお願いします」と言うだけだった。

 でも、今まではその言葉さえ言っていなかったし、今日は椅子の背もたれに背をつけていない。ほんの少しずつではあるが、ここでの生活によって大石にも変化が訪れつつあるようだ。

 雫も、姿勢を正して大石に接する。一晩眠ったことで、気分もいくらかは持ち直していた。

「大石さん、最近の調子はいかがですか? ここに来てからもう二週間が経とうとしていますが」

「別に良くはねぇよ。ここで過ごす時間は相変わらずつまんねぇしな。それでももう二週間経つから、多少は慣れてきたってだけだ」

「それは何よりです。担当教官である別所から聞いていますよ。大石さん、数日前から学習指導に取り組み始めたんですよね?」

 そう訊いた雫に、大石も渋々ながらも小さく頷いていた。

 鑑別所は四週間以内の期間にわたって、少年を収容する。その間学校に行くことはできないため、希望者には担当教官の指導のもと現代文や数学、英語などの教科を学習する機会が与えられているのだ。

 それは、通っていた高校を一年次で退学した大石も例外ではない。大石が自分から学習指導を希望したのは、雫には少し意外だったが、まったくなびかなかった今までを考えると、良い傾向には違いなかった。

「別にやることがなさすぎて暇だっただけだよ」

「そうですか? 別所が言うには、とても前向きな姿勢で取り組んでいるようですが」

「そんなことねぇよ。別所……さんが良いように解釈してるだけじゃねぇの?」

 大石がついた軽い悪態を、雫は照れから来る行動だと受け止めた。ややためらいながらも別所にさん付けをしたのがその証拠で、表面的にはまだ反発していても、内面では確かに変化が訪れていることを察する。

 やはり二週間も鑑別所で生活をしていて、何も感じていないはずがないのだ。

「そうですか。あとでまた別所にも確認してみたいと思います」

「いいよ、確認しなくて。それよりも面接しろよ、面接。俺にまた訊きたいことがあって、呼んだんだろ?」

 半ば無理やりに軌道修正を図った大石は、やはりどこか照れているようだった。雫は少し微笑ましさを感じながらも、それを表情に出すことはせず「そうですね」と頷く。

 もう判定会議まで、話せる機会はほとんどない。だから、どのみち面接は進めなければならなかった。

「では、本題に入りたいと思います。まずは先日実施した心理検査についてなのですが、一緒に結果を確認しながら話していきましょう」

 雫は机の上に置いたクリアファイルから、以前実施した心理検査の結果をまとめた表を取り出し、大石に差し出した。大石とも結果を共有しながら、話を進めていく。

 心理検査で判明した社交的で誰とでも話せるが、他責的な考えをする傾向があるという性格特性に、大石は頷きながら。少し不快感を示していた。

 でも、それは心当たりがあるという証拠だから、雫も動揺せずに面接を進める。心理検査の結果に裏付けが取れたようで、かすかな手ごたえさえ得るようだった。

「大石さん、話してくださってありがとうございます。おかげで大石さんの交友関係をおおよそですが、私も知ることができました」

 雫が礼を言うと、大石は小さく首を縦に振っていた。顔にはまだ不服そうな色が見えていたけれど、それでも素直に話してくれたことには違いないので、雫も穏やかな表情でいられる。

 心理検査の結果を確認した後は、雫は大石の交友関係を訊き出す段階に移っていた。大石は外向的な性格だったが、高校での友人とは中退を機に疎遠になってしまったようで、アルバイト先も含め交友関係は限られていた。

 そして、そこに非行に繋がるきっかけや土壌があったとは、大石の話を聞いた限りでは雫には思えなかった。

 もともと特殊詐欺への加担も、SNSでの「短期間で楽に稼げる」という募集を目にしたことがきっかけなのだ。交友関係に問題が見られないということは、やはり問題があるのは家庭環境の方なのだろう。

 雫は、心の中で背筋を正す。ここまではスムーズに来ているとはいえ、その話題を切り出すことは、たとえ必要なことでも雫にはわずかばかりの勇気が必要だった。

「では、大石さん。次は大石さんの成育歴について、尋ねたいのですがよろしいですか?」

 大石の成育歴については、雫も初回面接で訊こうとしていた。でも、大石は拒絶反応を示していて、結局は訊き出せなかった。二回目も同様に、訊けるような雰囲気ではなかった。

 でも、もう面接の機会はないから、いよいよここで訊き出さなければならない。

 また拒絶される可能性も考えていた雫にとっては、大石が小さくても頷いてくれたことは、助かる以外の何物でもなかった。

「では、お訊きします。大石さんは二〇〇六年一二月四日に長野市の篠ノ井に生まれた。あじさい幼稚園を経て、十鳴小学校に入学した。ここまでは間違いありませんね?」

「ああ、そうだよ」

「では、幼稚園や小学校で何か思い出などはありますか? 自分はこういう子供だったと、覚えている限りでいいので教えてもらいたいのですが」

「幼稚園のときのことはもうほとんど覚えてねぇんだけど、でも園にいる時間は楽しかった気がするな。そのときからもうウチの家がクソなのは何となく分かってたから、その反動で楽しく感じられていたのかもしれねぇ。友達も多かったし、まあまあうまく過ごせてたとは思うぜ」

「そうですか。小学校のときはどうですか? どう過ごしていたのかとか、何か思い出に残っている出来事はありますか?」

「小学校も、特に不自由せずに通えてたぜ。クラスにもなじめないってことはなかったし、家に行かせてもらうような友達も何人もいたしな。勉強もまあまあできてたし、特に問題には感じてなかった。それにさ、六年生のときは運動会で俺たちの組が優勝したんだぜ。俺もリレーでアンカーを走ってゴールテープを切ってさ。あれは良い思い出だったな」

「そうですか。充実した時間を送れていたんですね」

「まあ少なくともクラスの中ではな。でも、あのクソ二人との関係は相変わらず悪かったぜ。いっつも兄貴を贔屓してさ。俺の授業参観だって来なかったし、運動会や音楽会も兄貴が卒業してからは来なくなった。唯一三者面談だけは来てくれたけれど、それも見るからに嫌そうで、ああ俺のことが好きじゃないんだなって思ったよ」

 今その仕打ちを受けたかのように語る大石に、雫は問題の根深さを思い知る。兄弟の間でそれほどまでに明らかな扱いの差があれば、大石が反感を抱くのも無理はないだろう。

 雫は一人っ子だから、大石の気持ちは完全には分からない。「そんなことはないですよ」と言ったとしても大石の反感を買うだけになりそうだったから、「そうなんですか。それは大変でしたね」と、大石が話したことをそのまま受け入れる。

 大石も小さく息を吐いていて、それは言葉にしなくても「本当だよ」と言っているように、雫には思えた。

「そして十鳴小学校を卒業した後は、そのまま同じ地区の篠ノ井南中学校に進学した。そうですね?」

「ああ、そうだな」

「大石さんは中学校時代はどのように記憶していますか? 自分ではどんな生徒だったと思いますか?」

「別にどこにでもいる一般的な中学生だったと思うぜ。勉強も苦手なわけじゃなかったし、小学校からの友達の他に、中学でも新たに友達を作れたしな。それにさ、俺野球部に入ってたんだけど、南中はそこまで野球部の強い学校じゃなかったから。一年からショートでレギュラーでいれたよ。だからそういう意味じゃ、まあまあ充実した学校生活だったんじゃねぇかな」

 話している内容自体は誇らしいものだったものの、大石の表情はどこか冴えてはいなかった。その理由を、雫はそれとなく察する。

 言葉にするのは少し思い切りが必要だったが、訊かなくてはならないことには違いなかったから、雫は一つ息を呑んでから尋ねた。


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