「和音、元気にしてた? 警察でも拘留されて、またここでも収容されて、私心配で心配で。なのに、今日までなかなか来れなくてごめんね。和音、心細かったよね?」
「確かにそれはちょっとはあったけど、でも大丈夫だよ。ママが私のために毎日遅くまで働いてくれてるのは、私も分かってるし。今日まで時間がかかったのも仕方ないと、私は思ってるから」
「そう? でも、本当にごめんね。私が不甲斐ないばっかりに、和音は今回みたいなことをしちゃったんだよね。私にもっと稼ぎがあって、和音も余裕がある暮らしが送られていたら、今回のことは絶対に起こらなかったでしょ。本当に悪いと思ってるよ」
「ううん、そんなことないよ。今私がここにいるのも、全ては私の心が弱かったせいだから。ママは何も悪くないよ。むしろ謝らなきゃならないのは、私の方だよ。今回このようなことをして、財布の持ち主の方もそうだけど、ママにも迷惑をかけたこと、本当に申し訳ないと思ってるから。本当にごめんなさい」
「いや、悪いのは私の方だよ。私がお金の面で、和音に苦労をかけちゃったからだよ。もっと和音にもお小遣いとかあげられていれば、和音だって今回みたいなことはしなかったでしょ。ごめんね。いつも苦労ばかりかけて。こんなことになるまで和音を追い詰めちゃって。本当、母親失格だよね」
「そんなことないよ。人の財布からお金を盗ったのは私で、ママがしたわけじゃないでしょ。だから、悪いのは全部お金を盗った私なんだよ。同じようにお金に余裕がなくても、そんなことをしない人はたくさんいるのに。きっと、私自身がおかしいんだよ。ママを悲しませたり、困らせたりして本当にごめんなさい」
二人は我先にと争うかのように、お互いに対して謝り続けていた。宮辺が本当に謝るべき相手は、実際に自分のお金を使われた古東なのだが、それは今この場にいないからどうしようもないだろう。
でも、お互いに自分が悪いと謝り続ける二人の様子は、正直雫にとっては見ていてあまり快いものではなかった。性格は遺伝するという話を信じているわけではないが、それでも同じ環境で暮らしていると、親子と言えどもここまで言うことや考えることが似通ってきてしまうのかと思ってしまう。
だけれど、自分は大学まで行かせてもらえたものの、宮辺のような家庭環境だったら、こんな風に考えるようになっていたのかもしれない。
そう思うと雫には二人を咎めることは気が引けたし、そもそもそれは雫が進んでしていいことでもなかった。
「和音。私は今回のことは、私たち二人の責任だと思ってるから。あなたにあんな暮らししかさせてあげられなかった私のせいでもあるんだよね」
雫が面会時間があと一分で終わることを告げると、早織は総まとめをするかのように、今一度自分を責めていた。それまでも散々宮辺に対して謝っていたのに、改めて口にされると、雫には気が滅入ってしまうような感覚さえする。もっと前向きな言葉をかけられないのかとも、失礼ながら思ってしまう。
「いや、違うよ。確かにもっとお金があったらなって思うことはあったけど、でも私はママの子として生まれてきたことが間違いだったなんて、全然思ってないから。そこまで自分を責めないでよ」
非行に及んだ子供が、親に対してフォローを行っている。その図式は一般的に見れば逆ではないかと雫は思ったけれど、でもこれが宮辺家のあり方なのだろう。必ずしも健全だとは言えないものの、そこを正すことは雫の職域を超えている。
だから、雫は口を挟まなかった。宮辺の言葉が染み入っているのだろう。早織の目は、かすかに潤み始めていた。
「和音、ありがとね。でも、私も今のままじゃいけないと思ってるから。ここを出たら、二人でまた立て直していけるように頑張ろうね」
「うん。でも、あまり働きすぎないでね。私は今のままの生活でも大丈夫だし、私のために働きすぎてお母さんが身体壊しちゃったら、元も子もないから」
「そうだね。お互い今回のことについてしっかり反省して、この先どうすればいいか、また二人で考えてこう」
早織からようやく出た前向きな発言に、宮辺も頷く。そのタイミングで雫は腕時計を確認し、二人に面会時間の終了を告げた。
「また来れるように私も頑張るから、和音もそれまで元気でね」と別れ際に言った早織を面会室に残して、雫はまず宮辺を居室に戻しに行く。居室に入ってドアを閉める前に見た宮辺の表情は、どことなくほっとしているようで、早織との面会の効果のほどを雫は知った。
そして、ドアを閉めると雫は面会室に戻って、今度は早織を玄関にまで案内する。「和音を残りの期間、よろしくお願いします」と帰り際に言われれば、雫も背筋を伸ばさざるを得ない。
次の鑑別面接は二日後に控えている。今度こそは実りの多い面接にしなければならないと、雫は決意を新たにしていた。
「……というのが、先ほどの面会で宮辺さんとそのお母さんである早織さんが話した、主な内容です」
宮辺と早織の面会を終えて、数十分後。職員室に戻ってきた平賀に、雫はそう報告していた。
わずかに眉をひそめている表情から、雫は平賀が抱いているであろう感想を察してしまう。あまり良い類のものではなさそうだった。
「そうですか。それはなかなか難しいですね」
平賀が口にした言葉は、雫が察した印象から少しも外れていなかった。二人で先ほどの面会の様子を共有しても、雫はなおも途方に暮れる思いがする。
「はい。お互いに謝っている二人の姿を見ているのは、なかなかに辛いものがありました。もちろん、宮辺さんがしたことは法に触れるような良くないことだったんですけど、でも必要以上に自分を責めている二人の姿が、私にはいたたまれなくて」
「そうですね。僕も山谷さんから聞いた限りでは、その面会に立ち会っていたら、山谷さんと同じようなことを感じていたと思います。精いっぱい努力してもどうにもならない暮らしに原因を求めるのは、辛いですよね」
「はい。平賀さん、私どうすればよかったんでしょうか?」
分かっている。公序良俗に反するような話をしていない限り、雫に二人の会話を軌道修正する権限がないことは。あのとき、雫にできることはほとんどなかったのだ。
それでも、雫はそう訊かずにはいられなかった。
今さら訊いてもどうしようもないことは承知している。でも、これからの鑑別に向けて少しでもヒントがほしいと、藁にも縋る思いだった。
「山谷さん、もう終わったことを悔いても今はしょうがないですよ。大事なのはどうすればよかったのかより、これからどうすればいいのかじゃないですか?」
平賀の言うことはどこまでも正しいように、雫には思われた。思わず「私どうすればいいんでしょうか」とも訊きたくなる。
でも、それは宮辺の鑑別を平賀に丸投げするようで、雫には気が引けた。だから複数の感情に引っ張られて、結果的に曖昧な返事しかできない。自分の情けなさを、雫は痛感する。