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第22話


「それでは、宮辺さん。今日の面接を始めさせていただきます。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」と応えた宮辺の声はまだ委縮していて、目も雫と合わせるまでには至らない。臆病さも覗いているその表情に、雫は宮辺がまだここに慣れていないことを感じる。

 とはいえ、今までとはまったく違う生活に一週間ほどで慣れる方が難しいから、雫はやはり緊張しながらも、それでも落ち着いた声と表情を心がける。

 雫たちが初めて面接をしてから四日が経ったこの日は、二回目の鑑別面接が行われる、まさにその日だった。

「宮辺さん、いかがですか。調子のほどは。ここでの生活は慣れないことが多くて、大変ではないですか?」

「は、はい。毎日誰かが会いに来て話をしなければならないのは、大変だなと思います。同じ話をすることも多くて、正直疲れます」

 その宮辺の返事は、雫にもよく分かる気がした。事実、今の宮辺のもとには、毎日のように違った人間が訪れている。家裁調査官の真綾だけでなく、審判で付添人を務める弁護士や、宮辺の学校の担任。

 肝心の宮辺の母親は仕事が忙しいのかまだ来てはいないけれど、それでも連日自分がしたことを話すことは、きっと雫の想像以上に、宮辺には精神的な負担がかかっているのだろう。

 やってくる人間の最大の関心事は同じで、なぜ宮辺が今回のような非行に及んだのかということだ。だから、同じことを訊かれるたびに、宮辺は同じように応えているのだろう。

 その繰り返しに宮辺が内心少しうんざりし始めていたとしても、雫にはある程度は仕方がないことだと思えた。

「そうですか。確かにここのような慣れない環境で、誰かと話をすることは神経を使いますよね。何人もの人から、似たようなことを訊かれているでしょうし。でも、宮辺さん。これも適切な審判のためには必要なことなんです。それを理解してはもらえないでしょうか」

「は、はい。これからはそういうものだって、思うようにしたいと思います」

 そう言って理解を示してくれた宮辺に、雫もわずかに安堵する思いがした。これからは宮辺も、多少なりとも前向きな姿勢で面接に臨んでくれるだろう。

「ありがとうございます。ぜひそうしてください。では、宮辺さん。これから私から、さらにいくつか質問をさせていただきます」

「は、はい」

「では、最初の質問です。宮辺さんが考える自身の長所、いいところはどんなところですか?」

「……どういう意味ですか?」

「いえ。初めて私と面接をした後に、心理検査を行いましたよね。それで宮辺さんの性格の傾向はある程度把握できたのですが、実際に宮辺さんは自分のことをどのように思っているのか、訊きたいなと思いまして」

「そうですか。そうですね……」

 宮辺は、少し考え込む素振りを見せる。雫としてはそんなに難しいことを訊いた感覚はないが、それでも宮辺は自分に自信がないのだろう。それは心理検査の結果から、雫にも分かっていた。

「自分で言うのも何なんですけど、勉強はちょっとだけですけど、できる方かもしれないです。テストの点数で、お母さんに怒られたことはないので」

 かなり遠慮したように宮辺は言っていて、それは勉強ができることを鼻にかける発想さえもないようだった。

 でも、雫はもっと自信を持っていいと感じる。

 宮辺がクラスどころか学年でも有数の成績を収めていることは、雫も担任の教師が面会にやって来たときに聞き及んでいる。許可をもらって見せてもらった通知表には、五段階評価でも最高の五が並んでいた。だから、自信を持つどころか誇ってもいいとさえ雫は思う。

 それでも、謙遜することが宮辺が一五年間の人生で培ってきた生き方なのだろう。それを否定することも雫はしたくなくて、「そうなんですか。それは素晴らしいですね」とやんわりと肯定した。

 それからも雫は、宮辺と面接を続けていく。心理検査で少し気になった点について尋ねたり、交友関係や学校で普段はどのように過ごしていたのか、訊き出すことを試みる。

 宮辺も事案に関係ないことは比較的つっかえずに答えてくれていて、雫は少しずつこういった機会にも慣れてきてくれているのかなと思う。

 それでも、周縁的なことは訊けてもなかなか中心部分、どうして非行に及んだのかは訊くのがためらわれて、雫の心はわずかに焦り出してしまう。

 今回以降もまだ鑑別面接の機会はある。でも、なるべく早く動機や原因を知るのに越したことはない。

 そう考えた雫は、面接時間が中盤に入った頃になって、意を決して尋ねた。

「宮辺さん。私たちが宮辺さんについて適切な判定をするために、今こうして面接をしているのは知っていますよね?」

「は、はい」

「正直に言うと、適切な判定を下すためには、宮辺さんがどうして今回のようなことをしたのか、理由を知ることが必要不可欠なんです。そのことも分かってくれいますよね?」

「は、はい」

「私は宮辺さんが言ったことを、関係のない外部に漏らすことは絶対にしませんから、正直に答えてください。宮辺さんはどうして今回、自分がこのようなことをしてしまったと思いますか?」

 そう口にしたところで、雫は自分の訊き方が高圧的なことに気づいた。これでは警察での取り調べと何も変わらない。宮辺も苦い表情をしている。

 でも、もう一度口にした言葉はなかったことにはできない。だから、雫は宮辺が葛藤を乗り越えて、本当の理由を話してくれることを祈った。

「……分かりません。人の物は盗っちゃいけないってちゃんと分かっていたはずなのに。一時の気の迷いとしか言いようがありません」

 俯きがかった宮辺の表情からは、本当に自分がどうして非行に及んだのか分かっていないのか、それとも思い当たる節があるのにそれを隠そうとしているのか、雫には判断がつかなかった。

 でも、だからといって「分からないならしょうがないですね」と匙を投げるわけには、雫にはいかない。性善説を信じたい雫にとっては、何の理由もなしに非行に及ぶことは認めたくなかった。

 オープン質問で答えが得られないなら、クローズド質問を用いるべきだ。一つ一つ思い当たる理由を挙げて、それにYESかNOで宮辺に答えてもらうしかない。

「そうですか。でも、宮辺さん。私は、生まれついての悪人はいないと思っています。宮辺さんが今回のようなことをしてしまったのには、必ず何か理由があるはずなんです。ですので、これから私がいくつか質問をしますので、それに『はい』か『いいえ』で答えてくださいますか?」

「はい、分かりました」

「では、お聞きします。宮辺さんが今回のようなことに及んでしまったのは、家庭環境に要因がありますか?」

「……それはどういうことですか?」

「いえ、もしかしたらお母さんとあまり折り合いが良くないのかもしれないと思いまして。家庭でのままならなさが今回の事案に繋がっているということはありませんか?」

「……どうしてそんなこと訊くんですか?」

 眉間に皺を寄せた宮辺は、不快感をはっきりと滲ませていた。それでも、雫は自分が言ったことが当たらずとも遠からずといった感覚を得る。本当に関連性がまったくないのなら、「いいえ、違います」と首を横に振ればいいのだ。

 宮辺の不服な態度に、雫は少し気圧されそうになってしまったけれど、それでも堪えて「宮辺さん、『はい』か『いいえ』で答えてください」と促した。

「……いいえ、そんなことはまったくありません」

 渋るように答えた、宮辺の表情は苦かった。

 雫としても、ここで「そうですか」と次の質問に移ることは簡単だ。でも、雫には宮辺が本当に正直に話しているようには、率直に言って思えない。もっと掘り下げて訊くべきだと感じた。


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