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第6話


「さっそくなのですが、今日は塩入君が一年生のときの通知表を見せていただけるということで、よろしいんですよね?」

 名刺交換を終えて四人ともがソファに座ると、湯原が切り出した。佐嶌と新藤も「はい」と頷き、雫たちは新藤からA4用紙にプリントされた通知表を受け取る。

 生徒の通知表は本来なら個人情報なのだが、雫たちは学校に連絡して、鑑別のために特別に見せてもらえる許可を取りつけていた。

「なるほど。塩入君は現代文や日本史が得意な一方、数学や化学は苦手なんですか」

 通知表を見て湯原が呟く。本題ではないが、把握しておいて困る情報でもない。

「はい。特に現代文では小説や評論の読解に高い能力を発揮しています。その一方で、数学は中学の頃から不得手としていたみたいで。それは入試の結果にも現れていました」

「なるほど。授業態度はいかがですか? 新藤先生は現代文の担当だそうですが」

「得意な科目ともあって、とても真面目に取り組んでくれています。課題も毎回提出してくれていますし、非常に前向きな姿勢を見せてくれています」

「私は塩入君が少し苦手としている数学の担当なんですけど、それでも授業態度は良いです。難しくても、理解はしようとしてくれていますし。家でも学習に取り組んでいるのか、テストの点も少しずつですが上がってきています」

 新藤たちの話を、雫たちは時折メモを取りながら聞く。

 世間のステレオタイプとは違い、非行少年には授業や課題に真面目に取り組む者も多い。それは集合研修で雫も教えられていたから、さしたる驚きは受けなかった。

「分かりました。では、僕たちが一番気になる保護者への連絡事項の欄ですが、ここには塩入君は内向的な面があり、他の生徒に自分の思いを伝えるのが、少し不得手であると書かれていますね」

「はい。ホームルームの時間等でも二人組などを作る際は、正直に言えば最後の方まで余ってしまいますし、クラスでも仲良くしている子は、僕が知る限りでは数人に限られています。引っこみ思案なのか、もともと自分に自信がないのか、自分が考えていることを口に出すことも苦手ですね」

「なるほど。クラスに一人や二人はいる、内気な生徒といったタイプなんですね。それは僕たちも面接をして感じました。佐嶌先生はどうですか? 学年主任から見た塩入君は」

「大体は新藤先生と同じです。私も学年の全ての生徒のことを知ろうと努力していますが、それでも塩入君の印象は内向的だというようなことしかありません。私たち教師ともあまり喋ることはないですし。きっと心を開くことに躊躇しているんだと思います。他の多くの生徒に対してと同じように」

 二人が語った塩入の印象は、雫が率直に感じた限りでは、あまり濃くはなかった。おそらくほとんど口を開かない、影の薄い生徒と認知されているのだろう。

 そういった生徒は雫が高校に通っていたときにも何人かいたから、雫も塩入が学校で過ごしている姿を、うっすらとだがイメージできた。

「分かりました。では、次に参考までに塩入君が普段仲よくしている生徒のことや、交友関係などを教えていただけますか?」

「あの、それはどうしても答えなければならない質問なのでしょうか?」

「いえ、個人情報等もありますから、難しい場合は答えなくても結構です。ただ、僕たちには鑑別所で働く者として守秘義務が課せられていますから。ここで聞いたことは、家裁等の必要な機関以外には一切口外しないことをお約束します」

 湯原がそう言うと、佐嶌たちは顔を見合わせていた。「大丈夫ですかね?」と、目で確認し合っているのが雫にも分かる。それでも、再び雫たちの方を向いた佐嶌たちの表情は冷静だった。

「では、お二人を信じてお話ししますね。塩入君は、普段は長澤ながさわ君という男子生徒と一緒にいることが多いです。長澤君もまたクラスでは、どちらかというと目立たないタイプですね」

「なるほど。佐嶌先生から見てはいかがですか? クラス外に親しい友人はいますか?」

「いえ、私が見る限りではそういった子はいないように見受けられます。こう言ってはなんですが、塩入君はあまり友達作りが得意なタイプではありませんから」

「なるほど。了解しました」

「あっ、でもつくだ君や原川はらかわ君と、最近は話しているところをたまに見ます」

 新藤がふと思い出したかのように言う。出てきた名前に雫は思わず反応しそうになったけれど、関連性を疑われたくはなかったから、なんとか表情には出さずに堪えた。

「そうなんですか。その二人も塩入君の友人なんですか?」

「いえ、そこまでは僕には分からないんですが、でも先月くらいから急に話すようになっていて。お互いに本来ならあまり交わるようなタイプではないんですが」

「というと?」

「佃君や原川君はクラスの中でも活発なタイプで、どちらかというと中心的な存在なんです。クラスの中でも目立たないタイプの塩入君とは、あまり接する機会もないはずですし、実際今年度になって同じクラスになってからしばらくは、ほとんど話している様子は見られなかったんですけどね」

「でも、最近は話すようになったと。先生方には、何かそうなった心当たりのようなものはありますか?」

「いえ、僕が知る限りではまったく。僕も少し注意して見ていたんですけど、少なくともいじめのようなことも、僕が見る限りでは見られませんでした」

 そう言った新藤に、佐嶌も「私も同感です」と続いている。

 だけれど、雫はそこに少し危険な、怪しい匂いを感じずにはいられない。教師が見ている前で堂々といじめをする子供は、なかなかいないだろう。

 教師もグルになっている場合は別だが、新藤たちの態度や表情を見ていると、その可能性は雫にはあまり考えられなかった。

 でも、教師の目が届かないところで佃や原川が何をしているかは、正直に言えば分かったものではない。だから、雫は塩入が佃たちから、何らかの影響を受けている可能性も考慮しなければならないと感じていた。

 湯原はメモ用紙にペンを走らせながら、「そうですか」と頷いている。でも、そのどこか訝しむような横顔は、自分と同じようなことを考えていると雫に感じさせた。

「では、次に部活動のことについてお訊きしてもよろしいですか? この通知表を見る限り、塩入君はサッカー部に所属しているようですが」

「はい。顧問のきた先生から聞いていますが、塩入君は一生懸命練習に取り組んでいるそうです。とはいっても、運動神経はそこまでいい方ではないので、試合のメンバーには入れていないようですが、それでもとてもひたむきに部活に取り組んでいると北先生は言っていました」

 四人での面談は続いていく。湯原は部活動や委員会など、広く塩入の高校生活について聞き取っていた。新藤たちも、率直な所見をありのまま述べている。

 チャイムが鳴って昼休みに突入したのか、校舎のあちこちから騒がしい話し声が応接室まで届いてきていた。


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