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末路《三》

 次々に斬りつけられ、そのたびに鮮血が視界を染める。焼けるような痛みと熱に堪えながら、霊斬はひたすら待った。

 斬られ続けて大した時間も経っていなかったが、上半身はもう真新しい傷に塗れ、鮮血に染まっていた。それでも、霊斬は立っていた。

 斬りつけるだけでは飽きたのか、今度は右脚を刺し貫く。

「がはっ!」

 霊斬は声をとともに血を吐き出す。

 上半身と刺された脚が、熱を発している。

 恒は狂気に染まった双眸で、霊斬に顔を近づけてくる。霊斬は不快そうに顔を歪めた。

 脚に刀を受けたまま、嫌というほど抉られた。叫びたくなるほどの激痛が走ったが、霊斬は舌を噛み千切らんばかりに噛んで堪えて見せた。

「ふふ」

 恒は嫌な笑みを浮かべる。

 満足したのか、ようやく刀を抜く。すぐさま、鮮血が噴水のように噴き出した。

 霊斬は転倒し、畳に倒れた。仰向けになる。

 それも構わず追いかけた恒は、鮮血のついた刀を振り上げ、左脚を刺し貫いた。

「ぐっ!」

 焼けるような痛みが全身に伝わり、霊斬は思わず声を上げてしまった。

 その姿を見てそそられたのだろう、恒は刺しては抜きを何度も執拗に繰り返してきた。

 肉を貫く嫌な音が周囲に響く。

 恒は興奮のため、霊斬は度重なる出血のため、息が荒くなっていた。



 様子を見ていた千砂は反撃をしようとしない霊斬に驚き、また胸を痛めていた。目的があるためとはいえ、そこまで自分を貶めて一体なにをしようとしているのか、と思わずにはいられなかった。



 霊斬は何度も傷つけられ、彼の周りには血溜まりができている。それでも恒の攻撃は止まらなかった。

 痛みを強引に押し殺す男と、もう狂ってしまった男。もう目の焦点が合っていない。

 これまで何度も血を吐きながらも、痛みが気つけとなり、霊斬は気を失わずにすんでいた。

 ――まだか、まだか。

 霊斬はそんなぼろぼろの身体になってもなお、好機を待ちわびていた。

「まだだ、まだだ!」

 涎を垂らし、人を痛めつけることに快感を得ているであろう恒は、叫びながら、霊斬の脚を片方ずつ交互に刺し貫き続けた。

 霊斬は唇を噛んで、痛みをなんとかやり過ごす。

 脚はもういいのか、刀を抜いた恒は、右肩を刺し貫いた。

 新たな痛みと熱が霊斬を襲う。

「痛いんだろう? もっと叫べよぉ、苦しめよぉ」

 嫌な笑みを浮かべた恒は、そう口走った。

 霊斬は叫ぶものかと思っていた。

 右肩の同じような場所に、何度も何度も刀が突き立てられる。

 その度に鮮血が溢れ出し、痛みが霊斬を襲う。

 叫びたくなる自分の声を必死の思いで殺し、一方的な暴力に霊斬はひたすら耐えた。

 右肩が動かせないほど痛んだ。ここで、恒の標的は左肩に移る。

 右肩と同じように何度も何度も刺してきた。

 反射的に腕が上がる。痛みのせいで指先が震える。

 それでも攻撃はやまなかった。

 次に恒が目につけたのは、鮮血で真っ赤になった胸部。あえて傷をつけたところに切っ先を押し込み強引に動かすと、鮮血がさらに溢れ出す。

 傷をなぞられるとは思っていなかった霊斬は、予期せぬ痛みに唇を噛む。

 まるで、傷痕を身体に刻みつけるかのようだった。

 にんまりと笑みを浮かべた恒は、それを何度も続けた。溢れ出した血で傷口が覆われてもそれを止めなかった。

 次は腹。何度も何度も斬りつけてきた。新たな鮮血が霊斬の腹を伝う。

「がはっ!」

 霊斬は血を吐く。

「……もうだめだぁ」

 霊斬に飽きたのか、恒がそう口走った。

「そこに、まだいるぞ」

 痛みで動けない五十人の男達に視線を投げた霊斬。

 にんまりと笑みを浮かべた恒は、痛みに呻いて動けない男達の許へ歩いていった。男達は豹変ぶりに驚きながらも、本能で恐怖を感じ取り、

「くるな、くるなぁ!」

 と口々に叫んだ。

 それに興奮した恒は、一人ずつじっくりと傷つけ始めた。

 悲鳴が上がる中、自身番の笛の音が聞こえてくる。


 霊斬は身体を動かしたいものの、言うことを聞かない。

 そこへ抜き身の黒刀を持った千砂が屋根裏から降りてきた。

 ゆっくりとした動きで、鞘に刀を仕舞うと、千砂の手を借りながら、できるだけ急いで屋敷を後にした。


 千砂はその帰り道、霊斬に声をかけた。

「なんで、あんな真似したんだい?」

「……奴を精神的に壊すには、それが一番だっただけだ。普通なら、なんの抵抗もしない人を傷つけることには罪悪を感じるものだろう? 奴にはそれが欠けていた」

「最初から、分かっていたのかい?」

「……いや、勘だった」

 千砂は思わず苦笑した。

「あんたの勘は、よく当たるね」

「……だが、もうこんな真似はごめんだ。……負担になって、いかん」

 霊斬が痛みに堪えながら、ぼそっと言った。

「ならよかった」

 千砂は胸を撫で下ろした。

「さすがにやられっ放しというのは、嫌なものだな」

 霊斬が苦笑した。

「そりゃ、そうだろうね。そろそろ着くよ」

 千砂もつられて苦笑した。



 千砂が、診療所の戸を叩いた。

 霊斬は痛む腕を強引に動かし、鼻と口を覆っていた布を下ろした。

 空は白んできていた。午前四時くらいか。

「なんだ!」

 四柳は苛立ちをぶつけてきたものの、血塗れの霊斬を見て、顔色を変えた。

「入れ」

 四柳の後に続いた二人は、霊斬を布団に寝かせた。

「四柳さん、あたしはいったん家に戻るよ。頼んだからね」

「おう」

 四柳がうなずいたのを確認した千砂は、隠れ家に戻った。

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