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末路《二》

「なかなかやる男よのう。数多くの武家を壊してきた強者つわものではある」

 若い男と老年の男の声がする。

「……はい」

「兵達が全員使い物にならなくなったら、わしを呼べ」

「分かりました」

 千砂はその会話を聞き、しばらくその場に留まることにした。



 入って早々、やかましく鳴っていた警鐘がいつの間にかやみ、霊斬は背後に転がる男達を三十にまで増やしていた。それだけの人数が広いとはいえ、中庭に転がっているとなると、足場が段々と悪くなってくる。足許にも注意しながら、霊斬は動き続けた。傷は負っていないものの、頬を汗が伝う。それをぞんざいに拭うと刀を再度構えた。

「おらぁ!」

 雑魚の怒号が響く。前後を挟まれた上での攻撃であったが、霊斬はその場にしゃがんで得物を躱すと、懐から短刀を抜いて、一人の男の脚に向かって投げつけた。正確に放たれた短刀は、脚を刺し貫き、一人の悲鳴が上がる。倒れた男に刺さった短刀を無造作に抜いた霊斬は、鮮血のついた刀、逆手に構えた短刀を構え、雑魚の波の中に突っ込んだ。短刀で攻撃を受け止め、刀で脚を斬りつけていく。四方八方から攻撃を繰り出されるも、その度、正確に場所を割り出し、攻撃を受け止める。武器同士がぶつかり合う音が周囲に響く。霊斬の口許は隠れて見えないが、そこには残虐な笑みがあった。斬りたい衝動と斬らぬようにと情けをかけている自分がいて、互いにせめぎあっているのを感じていた。

 背後に転がる男達が五十ほどになると、ようやく視界が開ける。霊斬が屋敷に侵入してそれなりに経っていた。

「……終わったか」

 霊斬は短刀を懐に仕舞い、独りちた。

 刀はそのままに、土足で屋敷内を歩き始めた。不気味なほどの静けさに警戒しながら。



 そのころ、弱虫な男が最奥の部屋へと駆け込んでくる。

「すべての兵が、やられました!」

「思ったより早かったな。賊の様子は?」

「無傷です……」

「ますます楽しみになってきたわい」

 老年の男が言いながら、置いてあった刀を手にして、部屋を出た。


 千砂もこっそりと様子を見ていたが、男が動くのに合わせて、移動を開始した。



 霊斬は無人の屋敷の中盤まで進んでいたが、人っ子一人いないことに警戒を強めていた。その中にひとつ、襖の閉められた部屋を見つける。問答無用で、戸を開けると、一人の男が立っていた。老年の男は霊斬に視線を向けながら言った。

「因縁引受人霊斬、か」

「ああ」

 霊斬はうなずく。

「恒伊助か?」

「いかにも。今回は前もって情報が得られずに、さぞ心細かったであろう?」

「情報があろうとなかろうと、俺は依頼をこなすだけだ」

 からかうような口調に、霊斬は冷ややかな声で応じた。

「お主のことはよく知っている」

「なんだと?」

 霊斬が聞き返す。

「これまでどれだけの武家を壊してきたのか、すべて知っている。お主、こう思ったことはないか? 依頼人のためとはいえ、武家を壊すことを楽しいと思ったことは?」

「ない」

 霊斬は即答した。

「では、罪悪感なら持っていると?」

「いいや」

 霊斬はこれも否定する。

「弱者に寄り添い、その思いを代わりに果たすことで、お主にどんな益がある?」

「益など不要」

 霊斬は刀を持ったまま、冷ややかに答えた。

「お主は数多くの武家を壊しながら、その度、自らの命を懸けておる。なぜだ。なぜ、お主とは関係のない者達にそこまでできるのじゃ? 他人のことなど気にせず、切り捨てればよかろうに」

「俺はそんな真似はしない。最後まで依頼人に寄り添う」

 霊斬は言い返す。

「お主、あらぬ疑いをかけられて、十四日ほど自身番に捕らえられていたな。どれほど責められても正体は明かさなかったと聞いておる」

「それがなんだ」

 霊斬は冷ややかに言う。

「感心しておるのだよ。火傷までしたというのに決して負けなかったということにな」

「さっきから、いったい、なんのつもりだ」

 なにかに誘導されているように、霊斬は感じていた。だからこそ、口を突いて出てしまった言葉であった。

「お主になにをしても、生き残って見せるだろう。拷問にすら耐えた男だ。わしもそう簡単に倒せるとは思っていない。だが、血を流し続けて死にはしない人間などおらぬだろう?」

 ぞっとするほどの笑みを恒が見せる。

 ――そうか、この男は。俺が苦痛に苛まれる瞬間が見たくてたまらないのだ。そうすることで優越感に浸りたいのかもしれない。肉体的に破壊するか、精神的に破壊するか。どちらが、効率がいい? 精神的に壊してしまえば、依頼人の意図するものの達成には繋がるだろう。幸い〝痛み〟には慣れている。

 霊斬は刀を畳に捨てた。

「死にそうになるまで傷つけたいのなら、好きにしろ」

 嬉しそうに笑った恒は霊斬の腹を一閃した。鮮血が溢れ出す。

「っ!」

 霊斬は唇を噛む。

「まだまだ!」

 恒は自分の齢すら忘れて、刀を振り続けた。胸から腹にかけて斜めに薙ぐ。続いて下から斬り上げ腹と左肩を斬り裂く。新たな鮮血が噴き出した。

 斬られている霊斬は、恒の表情が少しずつ変わってきていることに気づいた。少しずつ、少しずつ、壊れているのだ。もっと苦しむ顔が見たいという欲求に駆られるがまま、刀を振るう。

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