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末路《一》

 それから一月後、霊斬の手首もよくなり、仕事を再開すると、さっそく戸を叩く音が聞こえてくる。

「いらっしゃいませ」

 戸を開けて出迎えると、一人の武士が立っていた。

 霊斬は何も言わない武士を疑問に思いながらも、店に招き入れる。

 武士は黙ったままついてきた。

 店の奥までいくと、霊斬は正座をして、武士に向き合う。

 武士は胡坐をかいて、座る。

「私にどういったご用でしょうか?」

「因縁引受人 霊斬殿とお見受けする。ひとつ、依頼をしたい」

「どのような?」

 霊斬が尋ねる。

ひさしすけという人物に関わるもの、すべてを壊してほしい」

「その前にひとつ確認を。人を殺めぬこの私に頼んで、二度と後悔なさいませんか?」

「後悔などせぬわ」

「かしこまりました」

 霊斬が頭を下げると、目の前に太刀と、小判十五両が置かれる。

「ありがとうございます。七日後にまたお越しください」

 霊斬が再度頭を下げると、武士は店を去った。



 その後、預かった太刀の状態を見た霊斬は、すぐ直せると判断し、千砂がいる隠れ家に向かった。


「いるか?」

 戸を叩きながら、霊斬が聞くと、戸が開いた。

「あんたかい」

 千砂はそう言って、霊斬を招き入れた。

 霊斬は奥の部屋にいくと、床に胡坐をかいて座った。

「今回はどんな依頼だい?」

「恒伊助に関する情報をすべて、手に入れてほしい。どれぐらいですむ?」

「一晩。だけど、かなり有名な家だから、情報が得られるかどうかの保証はしかねる。それでもいいかい?」

「ああ」

 ――珍しく弱気だな。

 霊斬はそう思うものの、口には出さなかった。

「頼むぞ」

 霊斬はそう言って、隠れ家を後にした。



 千砂はその日の夜、忍び装束に身を包み、恒家に向かった。

 規模が大きいだけでなく、警備もしっかりとしており、忍び込むのは容易ではないと感じてはいたが、その通りだった。近くの屋根に隠れてはいるものの、ここで立ってしまえば、物見の連中に見つかるかもしれない。かといって、屋根を降りても、見回りの連中に見つかることもあり得る。完全な袋小路だ。ここで無茶をして捕まるわけにはいかない。千砂は忌々しげに舌打ちをして、恒伊助に関する情報は何も得られないまま、屋敷を去った。



 翌日、隠れ家に顔を出した霊斬に、千砂はまず詫びた。

「ごめんよ。屋敷の警備が強すぎて、忍び込めなかった」

「謝るなよ、そういう時だってある。お前が捕まらなかっただけで、儲けもんさ」

 霊斬は苦笑して言った。

「決行日だが、なにが起こるか分からない。俺が乗り込めば、敵に注意を引きつけられるから、多少は忍び込みやすいかもしれない。だが、無理はするな。俺になにかあっても、お前は逃げろ。それだけは約束してくれ」

「……分かった」

 うなずいた千砂に微笑すると、霊斬は隠れ家を去った。



 霊斬は店に戻りながら思う。

 ――今回の依頼、どうも嫌な予感がする。

 その予感が外れていてほしいと願いながら、霊斬は歩みを進めた。



 そして迎えた決行当日。

 依頼人が姿を見せた。

「なにか、情報はつかめましたか?」

「残念ながら、なにも」

「そうでしたか」

 肩を落とす依頼人。

「申しわけありません」

 霊斬は深々と頭を下げた。

「いえ、私の方も情報と言えるものはなにも持っていませんので。お互い様です」

 依頼人は苦笑する。

「依頼は必ず達成します」

 霊斬は修理した刀を差し出しながら言った。

「よろしくお願いします」

 依頼人は頭を下げた。



 その日の夜、黒の長着に同色の馬乗り袴、黒の足袋、同色の羽織を身に着ける。隠し棚から黒刀を取り出して腰に帯びる。黒の布を首に巻いて、顎から鼻まで引き上げる。草履を履いた霊斬は、同色の布で口と鼻を隠す。念のため懐に短刀を忍ばせると、恒家へ向かった。

 その後を忍び装束の千砂が追う。

 千砂は厳重な警戒の中、屋根の付近で待機。

 霊斬は恒家の正面から足を踏み入れた。警鐘が鳴る中、霊斬は刀を抜き、右脚に狙いを定める。

 慌てて出てきた一人目の男の右脚を斬り裂き、続いて二人目。次々に痛みに悶えて地面に転がる男の人数が増えていくものの、雑魚の波は途切れるところを知らないのか、続々と出てくる。

 五人の男達が同時に武器を繰り出してくるも、それをしゃがんで躱し、それぞれ右脚を斬りつける。

 霊斬が屋敷に侵入して少しも経たないうちに、背後に転がる男達はとおを超えた。しかし、不利であることに変わりはなかった。霊斬は狙いを定めたまま、傷を負うことなく、男達を次々に倒していくしかなかった。



 そのころ、千砂はというと、警鐘が止んだのを確認すると、物見の様子をそうっと見る。人の姿はなく、霊斬が上手く囮になってくれたようだ。千砂は屋根から中庭に視線を向けると、大勢の雑魚相手に傷ひとつつかずに戦っている霊斬の姿を目にする。

 ――持ちこたえておくれよ。

 千砂は内心で願いながら、屋根裏から屋敷内に潜入した。

 中は不気味なほど静かだった。うるさいのは霊斬のいる中庭付近だけだ。

 そんな中、真下で声がした。

「賊の様子はどうだ」

「大勢の兵を出してはいますが、疲れを知らないのか、怪我ひとつ負いません」

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