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時代の重鎮《五》

 俺は自分のことを、なんとも思っていないのだ。いくら酷い怪我をしても、次からは気をつけようなどとは思わない。それが当たり前のことだ。死にかけたことなど何度もある。その度に、四柳に怒られ、千砂が心配している。

 霊斬は溜息を吐く。

 それはどうしようもないことだ。

 依頼が減ってくれればいいのだが、減らないのは目に見えている。俺は俺の目で見たことしか、手を貸せない。すべてをなんとかしてやりたいと思うが、それは無理な話だ。この世に万能な人などいない。

 霊斬はそんなことを考え、痛みに堪えながら、眠りについた。



「くっ……」

 翌日の朝、霊斬は痛みで目が覚めた。昨日ほどではないが、手首が痛む。

 霊斬は身体をゆっくり起こそうとする。腹の傷が痛んだが、我慢してなんとか起き上がれた。

 内心でよかった、と安堵する。

 そこへ、四柳がやってきた。

「起きれたか。具合はどうだ?」

「腹より手首の方が痛い」

 霊斬が顔をしかめながら答えた。

「昨日よりはましだろう?」

 その言葉に、霊斬がうなずく。

「世話になったな。……もう帰る」

 霊斬はそう言い、ゆっくりと立ち上がる。

 手を貸そうとした四柳だったが、その必要がないと分かり、手を引っ込める。

「十四日後、こいよ」

「ああ」

 ゆっくりと歩きながら、霊斬は診療所を後にした。



 いつもの倍以上の時をかけて、店に着いた霊斬は、支度中の看板を一瞥して、店の二階へ上がる。

 だいぶゆっくり歩いたのだが、疲れが溜まったのだろう。手首の痛みも酷い。少しの間、横になろうと決めた霊斬は、そのまま寝入ってしまった。



 霊斬が目覚めたのは翌日の朝だった。

「ぐっ……」

 起きて早々、痛みに呻く。

 ゆっくりと身体を起こし、溜息を吐く。

 立ち上がってみる。

 なんとか立てたので、ゆっくりと一階へ。

 壁に寄りかかり、ふうっと息を吐く。

 少し歩いただけでも、傷に響いて痛い。

 壁に寄りかかって座るだけ。そんな時間の過ごし方しかできなかった。その場で眠ったりもしながらぼうっとしていた。



 それからだいぶ経った昼下がり、戸を叩く音が聞こえてきた。

「開いているぞ」

 と声だけで応じる。

「幻鷲!」

 入ってきたのは喜助だった。ずかずかと店の奥まで入ってくる。

「なにをしにきた?」

 不機嫌そうな顔をして、霊斬は喜助を見遣る。

「なんで、店閉めてんだよ……って、腕どうした?」

 店を開けていない霊斬のことを責めようとした喜助だったが、晒し木綿で固定されている右腕に目がいき、そう尋ねた。

「大したことじゃない。ちょっと喧嘩に巻き込まれただけだ」

 霊斬は苦笑して誤魔化す。

「そうか……。だから、閉めていたのか」

 喜助は納得したようにうなずいた。

「無理、すんなよ?」

「無茶ができない」

 喜助の心配そうな言葉に、霊斬は苦笑して答えた。

「知ってるか? お前がよくいくそば屋、温かいのが流行りなんだってよ」

 喜助が笑いながら言う。

「そうなのか」

 霊斬は息をひとつ吐いた。

「動けるようになったら、いってみろよ。じゃあな」

 喜助はそう告げて、さっさと店を後にした。

 ――いったいなにをしにきたんだ?

 霊斬は一人、首をかしげた。



 十四日後、霊斬は四柳の診療所を訪ねた。

「おう、きたか」

 四柳は言いながら、霊斬を招き入れる。

「診せろ」

 奥の部屋に入ると、四柳がぼそっと吐き捨てた。

 霊斬は右腕を吊っている布から、右腕を引き出し、晒し木綿で巻かれた手首を突き出す。

 四柳は晒し木綿を解き、状態を確認していく。

「ずっと寝ていたのか?」

 状態を見ながら、四柳が尋ねる。

「ほとんど動かなかったからな」

 霊斬は苦笑する。

 四柳は縫合した手首の丹念に見る。傷は塞がったようだ。

「これから抜糸する。痛いだろうが、堪えろよ」

 その言葉に霊斬がうなずいた。

 四柳が慣れた手つきで糸を抜いていく。

 その痛みで、霊斬の意思とは関係なく指先が動いたが、なんとか堪えた。

 数分と経たずに抜糸が終わり、向き合っていた四柳がくるりと背を向けた。薬研の中に複数の薬草を放り込み、混ぜていく。混ぜ終えるとそれを手に取り、霊斬の手首に塗っていく。傷に触れて少し痛んだが、霊斬は堪えた。

 晒し木綿を巻き終えると、四柳は霊斬の肩に手を伸ばし、吊っていた三角巾を外す。

「もう吊らなくていいはずだ。霊斬、何度も言うが」「裏稼業も仕事もするな、だろう?」

 霊斬は四柳の言葉を遮って言った。

「分かっていればいい」

 四柳はその言葉を最後に、手で蠅を払う仕草をした。

 もう帰れ、ということらしい。

 苦笑した霊斬は診療所を後にした。



 それから一月後が経ったある日の夕方、戸を叩く音が聞こえてきた。

「開いているぞ」

 霊斬が答えると、戸が開く。

 入ってきたのは千砂だった。

「元気そうじゃないか」

 千砂がじろりと霊斬を見ながら言う。奥の部屋に足を踏み入れ、正面に正座をする。

「そう見えるか?」

 霊斬は苦笑する。

「見えるね。でも、あんた、顔に出ないから、よく分からない」

 霊斬は再び苦笑する。

「それで、今日はなにをしにきた?」

「様子を見にきただけだよ」

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