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時代の重鎮《三》

 上屋敷の近くまでいくと、同じように屋根を駆けている千砂に会った。

 千砂の案内で、霊斬は美津の上屋敷に辿り着いた。

 屋根裏から侵入し、美津元也の部屋へ一直線に向かう。

 千砂が屋根裏の板を外すと、霊斬が身体を滑り込ませて降りていく。

「誰だ?」

 元也は突如現れた霊斬に、鋭い声を出した。

「名乗りはしない」

 霊斬は言いながら、刀を抜き、斬撃を放つ。

「ぐあっ!」

 元也が痛みに叫ぶ。霊斬の放った斬撃は、左腕に斜めの傷を残していた。

 それでも元也は刀をつかみ、抜きながら斬りかかってきた。

 霊斬はそれを紙一重で躱すと、元也が舌打ちをする。

 霊斬は布の下で冷ややかな笑みを浮かべる。

 両者向かい合い、先に動いたのは元也だった。

 首筋を狙った攻撃は、霊斬の刀に阻まれた。押し返そうとするも、その刀はぴくりとも動かない。躍起になる元也と冷ややかにそれを眺める霊斬。霊斬はそれからしばらくして、見ているのが飽きたのか、元也の渾身の力が込められた刀を、難なく跳ね返した。返した刀で、腹を斜めに斬り裂いた。

「っ!」

 元也は痛みを、唇を噛むことで堪え、霊斬と対峙する。

 不利な状態にあるにもかかわらず、元也の瞳から闘志は消えていなかった。

「えいやっ!」

 元也は声を張ると、右手首を狙い、刀を振り下ろした。

 霊斬は躱すことができるというのに、その刃を受け容れた。

「なにっ!?」

 元也が目を剥く。

 切っ先が手首に触れ、そこから鮮血が噴水のように噴き出す。血管を傷つけたようで、出血量は凄まじく多かった。

「まだだ」

 霊斬は刀を左手に持ち替えると、距離を詰めた。下から斬り上げ、返す刀で元也の胸から腹を、斬り裂く。

 右手を使い、身体を壁へと押しやる。続いて右肩を突く形で斬りつけ、壁に縫いとめようとしていたが、邪魔が入った。

「なにごとだ!」

 元也の父親の声が響く。

「ちっ」

 霊斬は舌打ちをする。

 右手を離すと、元也の身体は重力に従い床に倒れる。

 霊斬は新手に視線を投げた。

 美津を睨みつけ、鮮血のついた刀を構える。

「お主……因縁引受人かぁ!」

 美津は息子の状態を確認すると怒りをあらわにし、刀を抜く。

 対する霊斬は無言。内心で、敵相手にそんなに激高してどうするのか、と思っていた。

 そんなことを思っていると、美津が斬りかかってきた。

 その刃を躱すことなく受け止めると、腹を一閃され、鮮血が噴き出す。

 美津は霊斬が攻撃を受けたように感じ、訝しげな顔をする。

 霊斬は動きを止めた美津に、右腕を狙い斬りつけた。続いて下から斬り上げ、右肩を。

「ぐうっ!」

 美津は痛みに呻いた。

 畳は三人の鮮血で赤く染まり、歩きにくくなっていた。

 霊斬の右手は鮮血で真っ赤になっており、とても痛々しかった。

「邪魔をするな」

 霊斬は冷ややかな声で、告げる。動けなくなった美津を蹴り飛ばし、その拍子に離れた抜き身の刀を遠くへ蹴飛ばす。


 倒れて動かない元也に向き直ると、左手で乱暴に揺する。

 目覚めそうなころあいで刀を抜いて、元也に突きつける。

 元也は慄き、悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。

「貴様、以前、盗賊の一味だったな?」

「なぜ、それを」

 元也は顔を真っ青にして、口を動かす。

「これは依頼人の意思だ」

 霊斬はそれだけ告げると、急所を避け、右肩に刀を突き刺した。刀は肩を貫いた。

「ぎゃああっ!」

 焼けるような痛みが全身を駆け巡り、元也は悲鳴を上げた。

 刀と傷口の間から、迸るように鮮血が流れ落ちる。

 そのまま、動かさないでくれという元也の願いは裏切られ、刀は容赦なく傷を抉る。

 その間、元也は痛みに叫び続けた。

 何度も何度も、執拗に傷を抉り続けた霊斬は、元也の瞳から光が消えるまでそれを続けた。刺して抉り続けて、少しも経たないうちに、元也の瞳から光が消えた。

 霊斬は肉の反発を刀越しに感じながら、強引にそれを抜いた。傷口から鮮血が噴き出し、霊斬の左目を汚した。目だけを拭い、頬に流れた鮮血をそのままに、霊斬は吐き捨てた。

、心を無くすな」

 鮮血で真っ赤に染まった右手をだらりと下げた霊斬は、鮮血を振り落とし、刀を鞘に仕舞うと、惨状と化した部屋を去った。


 そこまでの様子を屋根裏から見ていた千砂も、その場を後にした。



 霊斬は屋敷を出てすぐ、屋根に飛び乗ると、手拭いを引っ張り出して右手首を覆った。

 新たな鮮血が流れ落ちるも、指先は乾いた鮮血がこびりついていた。

「霊斬」

「きたか」

 霊斬は短く言うと、右手首を千砂に差し出した。

「できるだけきつく、縛ってくれ」

 千砂は痛みに顔をしかめている霊斬の横顔を見つつ、きつく手拭いを縛った。

 手拭いはすぐに真っ赤に染まったが、霊斬は気にすることなく、走り出した。

 千砂もその後を追う。


 上屋敷からだいぶ離れたところで別れ、霊斬と千砂はそれぞれ家に戻った。

 霊斬は腹に手拭いをあて、着物を着る。

 腹と手首の痛みに顔をしかめ、ゆっくりと四柳の診療所まで歩いていった。



 ようやく四柳の診療所に着いた。

 なんとか戸を叩くと、四柳が顔を出す。

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