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遊郭《六》

「あなた様のおっしゃる通り、遊女の扱いには慣れているようでした」

 暗殺の件については触れずに語った。不確かな情報であるし、それで依頼人が怖がってしまうのを避けるためだった。

「そうですか。……灸をすえてください」

 霊斬はしばらく考えた後、口を開いた。

「承知いたしました」

「これを、お受け取りください」

 霊斬はすっと懐刀を差し出した。

「ありがとうございます」

 霊斬が頭を下げると、遊女も同じようにした。



 翌日の夜、決行日。

 霊斬は黒の長着に同色の馬乗り袴、黒の足袋、同色の羽織を身に着ける。隠し棚から黒刀を取り出して腰に帯びる。黒の布を首に巻いて、顎から鼻まで引き上げる。草履を履き、備前家へ向かった。

 千砂とは備前家手前の屋根の上で会い、屋敷に侵入する。千砂の後に続いて、屋根裏へ向かった。

 彼女の案内で、備前家当主の部屋へ。

 千砂が板を外すや、霊斬は状況を確認せずに飛び降りた。

「……っ!?」

 千砂は驚いて声を出してしまいそうになったが、なんとか堪えた。



「お主が霊斬か」

 本物を見るのは初めてだと言わんばかりに、備前が口にする。

 霊斬はその問いには答えず、周囲を一瞥した。室内は遊女二人と備前しかいない。

 そして、二人の遊女に向かって言葉を発した。

「このことは伏せて、さっさと帰れ。巻き込まれたくはないだろう?」

 お互いに顔を見合わせてうなずいた遊女らは、大急ぎで部屋を去った。

「女にも手を上げるのかと思ったわ」

「そんなことはしない」

 備前の言葉に霊斬は冷ややかに返した。

「それよりも、ここ最近、ずいぶん調子に乗っているようだな」

 霊斬は刀の柄に右手をかけたまま、言った。

「周りがそう言うからだ。わしはそんなふうには思っとらん」

「出まかせか」

 霊斬は黙って刀を抜いて、冷ややかに吐き捨てた。

「だからといって、引く俺ではない」

「そうじゃろうな」

 備前は言いながら刀を抜いた。

 先に動いたのは備前だった。

 狙いを定めた突きを繰り出してきた。

 霊斬はそれを躱すと、左手で鍔をぎっちりとつかむ。

 刀を離すという選択肢が思い浮かばなかったらしく、離そうと暴れたものの、霊斬の手は離れない。しかし、その手に晒し木綿が巻かれていることに気づいた備前がにんまりと嫌な笑みを浮かべる。

 その顔を見た瞬間、霊斬は目を細め、布の下で不愉快そうに唇を歪める。

「矢が飛んできた際、女を庇ったそうだな」

「……貴様が仕組んだことか」

 霊斬は怒りをあらわに、備前を睨みつける。

「わしは指示されてやっただけじゃ」

 その発言に、霊斬は忌々しく舌打ちをする。

 ――命を下した奴のことなど、話すつもりはない。

 備前が言外に言おうとしていたことを読み取った霊斬は、右手の刀を回転させ、逆手に持ち替える。

 左手が痛んだが気に留めず、左腕を刺し貫いた。鮮血が二人を染め上げる。

「ぐうっ……!」

 痛みに呻く備前をよそに、霊斬は無慈悲にも刀を抜いた。

 鮮血を振り落とし、刀を備前へ向ける。

 備前は刀を振るうことを諦め捨てると、小太刀を抜いて突きを繰り出してきた。

 その攻撃を、霊斬はなんと、左手で受け止めた。刃が左の掌を貫く。

「な、なんじゃと……」

 その攻撃を仕掛けたのは備前なのだが、一番驚いている。

 霊斬は冷静そのもの。

 霊斬は無言で、刀を捨て、右手で刀身をつかみ、左手に刺さった刀をなんの躊躇いもなく抜く。

 鮮血が溢れ出したが、霊斬は気にも留めなかった。

「なんて奴だ……」

 備前はそう思った。自身が傷を負っていると分かっていても、それを捨て駒のように扱うこの男に。

「遊ぶのはいいが、自重しろ。遊女を呼びつけるのではなく、自分で店にいけ。それができぬのなら、遊びなどやめてしまえ」

「お主の言うとおりにしなかったら?」

 備前は気丈にもそう聞いた。

「貴様の腕だけでなく、命を頂戴する」

 その言葉を聞いた瞬間、備前は真っ青な顔になる。

「……分かった」

 霊斬の並々ならぬ殺気に怯えた備前はそう口にした。落ちた刀を拾い、傷に構うことなく、霊斬は備前家を去った。


 その様子をしかと見届けた千砂も、屋敷を去った。



 その日は曇り空で、屋敷を出てすぐ、切れて使い物にならなくなった晒し木綿を捨てる。懐に入れていた手拭いを取り出して、手に巻きつける。きつく握り拳を作ると走り出した。屋根を走っていると肌寒かった。

「霊斬」

 霊斬のすぐ後を追いかけていた千砂に声をかけられる。

「どうした?」

「傷は?」

 千砂の問いに霊斬は、左手を千砂に見えるように持ち上げた。

「雑だねえ」

 千砂が苦笑する。霊斬もつられて苦笑した。



 千砂とは途中で別れ、霊斬は一人、診療所の戸を叩いた。

「誰だ!」

 四柳の怒鳴り声が聞こえてくる。その声に苦笑しながら、霊斬は声を出した。

「俺だ」

「さっさと入れ」

 四柳は戸を開けて、奥へそそくさと入っていく。


 その後を追い、奥の部屋へと足を踏み入れた。

「診せろ」

 ぞんざいな口調で、四柳が言った。

 霊斬は左手の鮮血で真っ赤になった手拭いを解いて、傷口を見せた。

「酷いなぁ、おい。というか、冷たい手をしているな」

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