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遊郭《三》

 大通りに向かうや、大勢の人が立ち並ぶ店の前に並んでいた。

 遠くからお囃子の音が聞こえてくる。

「そろそろか」

 霊斬は、背の高さを生かし、街の南側を見つめて言った。

「なにが、そろそろなんだい?」

  千砂は必死に背伸びをするも、人の壁に阻まれ、その先の光景を見ることができない。

「こっちだ」

 霊斬はそう言うと、大通りのさらに北、人のいない場所へと連れていく。

 人が多いところから離れているが、千砂はそれを口にせず、ついていった。

 お茶屋の前で立ち止まり、店の前に出ていた椅子に腰かけた霊斬は、手招きをした。

 千砂も椅子に座ると、南側からお囃子の音とごろごろという音が聞こえてくる。

 視線を向けると、二本の綱を大勢の人がつかみ、舞台を引っ張っている。それも老若男女問わず。子どももいた。さすがに舞台の近くには若い男衆がいる。

「凄い……」

 千砂は息を呑む。

「ここからだいぶ歩いたところに、大きな神社があるのを知っているか?」

「ああ。ほとんど人の出入りがないって聞いているよ」

 千砂の言いように、霊斬は苦笑する。

「この日だけは違うのさ」

 霊斬は立ち上がって、歩き出した。

 千砂も続く。

「舞台がくるまで、かなりの時がかかるから、先に神社にいってしまおうか」

 霊斬の言葉にうなずいた千砂はのんびりと歩く。

 霊斬はなにかに気づいたのか、千砂との距離を詰める。

「なんだい?」

「伏せろ!」

 霊斬は言うとともに、千砂を抱きしめた。千砂はわけが分からないという顔をしたまま、霊斬に抱きしめられ、その場にしゃがんだ。

 近くで、なにかが肉に刺さるとても嫌な音を聞いた。

 千砂は霊斬の腕の中で暴れると、あっさり解放してくれた。そんな霊斬に詰め寄った。

「いったいなんだい? さっきの音は? ちょっと、聞いているのかい! げん……」

 問いただそうとした千砂の言葉が止まる。

 霊斬は顔をしかめ、左手に視線を落としていた。

 それに倣うと、彼の左手に矢が刺さっていた。

 それを見た別の女が、悲鳴を上げた。

「きゃあ!」

「こっちだ」

 霊斬は左手をそのままに、千砂の手を取って立ち上がらせるや、駆け出した。

 どこにいくのかも聞かぬまま、千砂はひたすらに走った。大通りを西へ向かい、袋小路を見つけると、ようやく霊斬が足を止めた。

 手が離れると、千砂は深呼吸しながら、その場にしゃがみ込む。

「……千砂」

「なんだい?」

 千砂が顔を上げると、しかめっ面の霊斬と目が合った。

 霊斬は矢の先の方を持って、ぽきりと折る。

 きょとんとする千砂に、それを差し出した。

 矢の先には文がついていた。

 千砂はそれを受け取り、文の内容を読み上げた。

『祭りはお主達のような人が、楽しむものではない。神聖なものを穢すな』

「……矢は、千砂を狙っていた。これだけの怪我ですんでよかった」

「怪我にいい悪いもあるかい!」

 千砂が怒鳴る。

「悪かった」

 霊斬は謝ると、手の甲に刺さっているやじりを抜く。それを手拭いで包んで懐に仕舞った。

 新たな鮮血が溢れ、地面を染めていく。

 懐から手拭いを取り出して、千砂に渡す。

「縛ればいいのかい?」

 霊斬はうなずく。

 千砂は少し慣れない手つきで、手拭いを巻きつけると、最後、きつく縛った。

 手拭いはすぐ真っ赤に染まったが、鮮血が垂れることはなかった。

「せっかくの祭りが台無しだな」

 霊斬は溜息を吐く。

「それどころじゃないよ!」

 千砂の怒鳴り声に、霊斬は肩をすくめる。

「言い分は店で聞く」

 両手をそれぞれの袖に入れて掌を隠すと、霊斬が歩き出した。

 怒った様子の千砂は、不服そうな顔をしながらも、後に続いた。



 それからしばらくして、霊斬の店に辿り着く。

 支度中の看板をそのままに、霊斬と千砂が、中に入る。

「お前に怪我がなくてよかった」

「そうかい」

 言いながら霊斬は奥の部屋へいき、胡坐をかいて座る。

 千砂はその正面に、正座をした。

「誰にやられたのか、分かるかい?」

 霊斬は首を横に振る。

「だが、俺達のことを知っている者の仕業だろうな。警告のつもりか……」

 霊斬は考え込む。

「そんなことは、後で考えればいいんだよ! それより、四柳さんのところへいきな」

 不機嫌そうに千砂が言う。

「……分かった。ついてくるのか?」

 霊斬は溜息を吐く。

「あんたの考えに付き合っていたら、いつになってもいかないだろ」

 霊斬はその言われように苦笑し、千砂とともに店を出た。

「俺だ」

 右手で診療所の戸を叩くと、四柳が顔を出す。

「お前がまともな時間に顔を出すのは、初めてだな」

 四柳の言葉に、霊斬は苦笑するしかない。

「嬢ちゃんも一緒か。入れ」

 四柳の後に二人が続いた。

 千砂は勝手知ったるというように、前の部屋に入った。


 四柳と霊斬は奥の部屋に入る。

「診せてみろ」

 霊斬はそれまで隠していた左手を出すと、真っ赤に染まった手拭いを外す。

「鏃の痕か。珍しい」

「ああ」

 霊斬は四柳の言葉にうなずく。

 四柳は手を動かしながら聞いた。

「祭りにでもいっていたのか?」

「まあな」

 霊斬はなんでもお見通しかと言わんばかりに、苦笑する。

「嬢ちゃんの恰好と表情を見れば分かる」

「そうか? 確かに着物がいつもと違うくらいだが」

「もっとちゃんと見てやれよ」

 四柳が溜息を吐く。

 霊斬は首をかしげるばかりである。

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