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団子屋《三》

「うっ……!」

 男が叫ぼうとする。それを痛む左手で強引に押さえつける。

 刀の切っ先が体内に入り込むのが分かったので、そこでいったん、動きを止める。

 肉が反発し脈打つのと、さらなる鮮血が刀身をはじめ、男の着物を染めていく。

「まだだ」

 霊斬は低い声で言い、刀をさらに奥へと一息に突き刺した。

 男は思わず顔を上げ、声なき悲鳴を上げる。そのときですら、霊斬の左手は離れなかった。

 刀は男の右肩を貫いた。

 先ほどまで嫌というほどあった、肉の反発が嘘のように消えた。

 ――さすがに痛むな。

 涼しい顔をしながらも、内心で左腕の痛みに堪えながら、霊斬は思う。

 霊斬はもう腕が限界を迎えていたこともあり、一息に刀を抜いた。

 嫌な音と男のこもった悲鳴が響いた。

 脂汗をかき、荒い息を繰り返している男を一瞥し、ようやく手を離す。

 男は腰を抜かし、地面に膝をついた。ようやく自由になったので、空気を思う存分吸う。

 霊斬は左腕をだらりと下げると、指先からぽたぽたと鮮血が滴り落ちる。

「もう、二度と、ここへくるな。またくるのであれば、貴様の死に場所が決まったものだと思え」

 痛みに顔をしかめながら、霊斬が告げると、男はおののき、逃げ出した。



「ひやひやさせるんじゃないよ」

 屋根を飛び降り、溜息を吐いた千砂が言った。

「いつからそこにいた?」

 道の真ん中に、暗いが、誰のものか分からぬ血溜まりを一瞥した千砂が答える。

「最初からさ」

 霊斬は無言でうなずきもせず、ゆっくりと歩き出す。

 千砂も同じく、無言で霊斬の傍までいくと一緒に歩き出した。



 帰り道の途中でいったん別れた二人は、それぞれにいつもの恰好に着替え、四柳の診療所へ向かった。

 先に着いた千砂が、状況説明をしていると、戸を叩く音が聞こえてくる。

「ちょっと待ってな」

 四柳はそれだけ告げると、黙って戸を開けた。

 いつも通りの褐色の着物に身を包んだ霊斬の姿があった。

 左腕から左手にかけて、鮮血がべっとりとついていた。左手が真っ赤に染まっていたのだ。

「さっさと上がれ」

 霊斬は痛みに顔をしかめ、懐から手拭いを取り出すと、手に巻きつける。

 それを終えると、四柳の後に続いて部屋に向かった。

 その様子を千砂は黙ったまま見ていた。


「診せてみろ」

 奥の部屋に入るや、四柳は口を開いた。

 霊斬は、上着を脱ぎ、左腕をあらわにした。

 左手に巻いていた手拭いはすでに鮮血で真っ赤に染まっていた。それを手早く解き、左腕を突き出した。

「どうしたらこんなに酷くなる?」

 四柳は傷を見て溜息を吐く。

 左腕は肩の辺りから、手首の近くまでざっくりと斬られており、とめどなく鮮血が溢れ出している。

「怪我しているのに、無理に力を入れただろう」

「それも分かるのか」

 霊斬は驚いた表情をする。

「分かるぞ、そんなこと」

 四柳は吐き捨てた。

 また溜息を零した四柳は薬草を引っつかんで、薬研の中に放り込む。それを混ぜながら、口を開いた。

「どうしてそうなるまで放っておいた?」

「……敵の口を封じるためだった」

「どうしたのかは知らんが、敵もお前も相当痛かったはずだよな」

 霊斬は苦笑するしかない。

「霊斬よ。自分の身体、大事にしないこと、どう考えている?」

 霊斬は困ったような顔をする。

「どうと言われてもな。それが俺の中では普通だ。自身が可愛いなどという理由で、この裏稼業、辞めたりはせん」

「なら、お前はいつになれば、この裏稼業を辞める?」

 四柳の問いに、霊斬は苦笑した。

「さあな。この世から、負の感情が消えるまで……だろうな」

「そりゃあ、いつになっても終わらんぞ」

 四柳が笑う。四柳は、混ぜた薬草を丹念に布に塗り始めた。

「そうだな」

 霊斬もつられるように苦笑した。

「ほら、できた。腕を貸せ」

 四柳が言うと、霊斬は黙って左腕を差し出す。

「沁みるぞ」

 四柳はそれだけ告げると、一気に薬草が塗られた布を、傷の上に置いた。

「くっ……!」

 相当沁みたのだろう、霊斬は思わず喉の奥から声を漏らす。

「それだけの痛みによく耐えたとおれは思うぞ。今感じている痛みより、声を封じていたときの方が痛かろう?」

「……そうだな」

 霊斬は脂汗をかきながら、ゆっくりと言葉を発した。

「動けないだろ?」

 四柳は言いながら、手早く晒し木綿を巻きつけ、布がずれないように固定する。

「ああ」

 左腕が痛みのために熱を持ち、ずきずきと痛んでいる。腕を動かそうにも痛みが酷く、それができない。

 腕を伸ばしたまま、布団に移動し、ゆっくりと身体を滑り込ませた。



 四柳はそれを見た後、千砂を呼びに戻った。

「終わったぞ、待たせたな」

「気にしないでおくれ。それで、様子は?」

「いけば分かる。それと今晩は、ここで休ませる」

「分かった」

 千砂はうなずくと、奥の部屋へ足を踏み入れた。



「失礼するよ」

「ああ」

 霊斬の少し元気のない声を聞いた千砂は、心配にはなったが、顔にはそれを出さなかった。

 千砂は黙ったまま、霊斬の枕元に正座をする。

 霊斬は首だけを動かし、千砂の方を見る。

「腕、痛むかい?」

 霊斬はうなずく。

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