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団子屋《二》

「なにか、良からぬことを、考えているふうだったよ」

「良からぬこと?」

 霊斬が聞き返す。

「推測だけど、店の娘になんらかの、危害を加えようとしているように感じたよ」

「それは、いつだ?」

 お茶を飲む手を止めて、霊斬は尋ねた。

「分からない」

「しばらく、俺が店を見張る」

「いいのかい?」

「夜だけだ、心配いらん」

 霊斬はぶっきらぼうに言った。

「分かったよ」

 霊斬の言葉に、千砂はうなずいた。

 霊斬はひらりと片手を振ると、隠れ家を後にした。



 その日の夜、霊斬は黒装束に身を包み、腰から黒刀を下げると、団子屋の物陰に隠れて様子を盗み見た。

 店はとうに閉まっているが、店の奥で賑やかな声が漏れ聞こえてくる。

 そんなことが微笑ましいと感じた。こんなに幸せそうなのに、脅威が迫っているとはとても考えにくい。

 こういう普通の家に限って、目に見えぬ恐怖が待ち構えているとなると、気が重くなる。霊斬は思わず顔を伏せる。

 その横顔はとても暗く、憎悪に満ちていた。

 人通りは少ない方で、不審な動きをしている者もいない。

 霊斬は真夜中になるまで、見張りを続けた。



 それから七日が経ったある日、親父が店を訪れた。

「失礼するよ」

 そう言った親父を店内に招き入れた霊斬は、最初に懐刀を差し出した。

「ありがとうね」

 親父は大事そうに懐へ仕舞った。

「まだ、決行がいつだというふうには言えない。すまない」

 霊斬は頭を下げる。

「急いでいるわけではないし、今は店の方も大丈夫。頭を上げて」

 霊斬は言われるまま、頭を上げる。

「それならいいのだが……」

 霊斬はそれだけ呟いて口を噤む。

「それよりも、これを」

 親父は懐から銀五枚を取り出し、差し出した。

「感謝する」

 霊斬は礼を言いながら、銀を受け取り、袖に仕舞った。

 立ち去る親父を見送りながら、霊斬は暗い顔をしていた。



 見張りを続けて、七日が経った。

 朝起きる時間もずらし、その生活にも慣れてきた。

 その日の夜、いつもの黒ずくめの恰好をして、刀を帯びると、団子屋へと足を向けた。



 そのころ千砂はというと、忍び装束に身を包み、霊斬の店を見張っていた。

 霊斬はそんなこと知りもせず、いつも通りに店を後にした。

 千砂は屋根へ飛び乗ると、霊斬を追った。

 実は三日前から、千砂は霊斬の動きを密かに盗み見ていた。

 霊斬を疑っているわけではない。様子が気になっただけだ。

 霊斬からは見えない場所で、身を潜めていると、一人の男が通りを歩いていった。

 並々ならぬ殺気というか、気配を感じたが、気のせいかと思い直した。



 霊斬は、通りを歩いている男に視線を向ける。

 刀を持っていることから武士だと分かったが、なにか違和感を覚え、その男を注視する。

 霊斬がその男を見ていると、彼は団子屋の戸を叩いた。

「ごめん! みたきさんはいるか?」

「おりますよ、少々お待ちを」

 霊斬は一歩、二歩と、男との距離を詰める。

 男の立ち姿が変わる。

 ――あれは刀を抜く構え……。まさか……!

 霊斬は自分の推測を否定したい気持ちに駆られながら、通りに飛び出した。

「待て!」

 霊斬が止めるのと、みたきが出てくる。それが同時だった。

 みたきを後ろへ突き飛ばした霊斬は、刀を抜きながら、男へ迫った。

「あと少しというところで……! なに奴」

 男は悔しそうな顔をした後、霊斬を睨みつける。

 霊斬は男から視線を離さない。

「みたきと言ったか。このことは伏せて、家に戻れ」

「なにをおっしゃっているのです! そういうわけには……」

 みたきが気丈にも、食いついてくる。

「……足手まといだ。さっさと言うとおりにしろ」

 霊斬は男から視線を離し、地を這うような低い声で告げた。冷ややかな目でみたきを睨みつける。

「ひっ……!」

 怯えたみたきは一目散に家へと戻った。

「お主はわしの邪魔しかせんのか!」

「まあ……そうだな」

 男の怒りの滲んだ声に対し、軽い口調で返す霊斬。

 忌々しげに顔を歪める男。

「刀を仕舞ってこのまま去ってくれれば、俺としては楽なんだが?」

「断る!」

 男は斬りかかってきた。

 霊斬は、だらりと下げた刀を持ち上げ、これを防ぐ。

 悔しそうに顔を歪めた男が、再度攻撃を仕掛けてくる。

 その攻撃をあえて左腕に受けた霊斬は、斬られて鮮血が噴き出しても、動じなかった。

「なぜ、動じない?」

 男は思わず尋ねた。

「隙を見せないためだ」

 霊斬は冷ややかに吐き捨て、刀を構えて反撃に出た。

 右腕を斬りつけると、男が動じて距離を取ろうとする。それをさせまいと距離を詰めた霊斬は、左肩に刀の切っ先を差し込んだ。

「ぐあっ!」

「動かなかったのは賢明だ。手を滑らせてさらに刺したかもしれないからな」

 霊斬は冷ややかな声で告げる。

「これ以上、騒がないことだな。騒ぎを聞きつけられても困る」

 霊斬は言いながら、鮮血の滴る左腕を強引に上げ、男の口を塞ぐ。

「なっ……!」

 その拘束と、鼻を突き刺す鮮血の匂いから逃れようと、首を動かすがほどけない。

「これで終わりだと思うなよ?」

 霊斬は告げ、布の下で口端を吊り上げて嗤い、目を細める。

 無情にも霊斬は、男の右肩を痛めつけている刀をゆっくりと奥へ差し込んだ。

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